2006-08-15

靖国取材

今年も靖国の取材に出かけた。朝5時半少し前に着いたが、すでに門の前には100人以上の報道陣がいた。参拝客より圧倒的に多い。テレビ各局は前日の夜から中継をしていたので、予想はしていたがすごい数。同じ時間でも戦後60周年の去年は数えるほどしかいなかったのに。

6時の開門と同時に本来8時から開始の報道受付が始まってしまい、挙げ句の果てに殿内取材は100人限定なのにテレビ局が一社で25枚とか取ってしまってパスがまわらない社が続出し、後々調整することになった。僕は調整している間に撮影場所がなくなっても困るので、殿内はあきらめた。一人でやる場合、最低でも写ってないと話にならないから仕方ない。

しばらくして外国通信社の諸先輩方から「7時40分に到着殿から入る可能性が高い」という情報をもらい、それにあった撮影場所を考える。

時間になればあっというまで、小泉到着→参拝→靴をはく→出発、という感じだった。参拝中に到着時の写真をパソコンにコピーできたので、小泉が出発してからは比較的早く写真を送ることができた。

その後は国会議員の団体参拝や石原慎太郎がやってきたりしたので、随時対応して夕方まで撮影した。

それにしても、今回は場所取りが重要のなので脚立を一段、二段、三段の3つを持って行った。カメラ関係とパソコンで15kgあるのにこれは結構つらい。電車で移動する範囲を超えているが、今日も電車で移動した。まぁ、一人で撮った割には何とかなったかなと思う。

2006-08-14

星野道夫展とWPP 50th Anniversary

カメラマンの友人から銀座で開かれている星野道夫展のチケットをもらったので行ってきた。あとは前から行こうと思っていた世界報道写真大賞の50周年記念展(World Press Photo 50th Anniversary)にも行ってみた。

〜World Press Photo 50th Anniversary〜
まずは恵比寿の写真美術館で行われている記念展。「絶望と希望の半世紀」というタイトルなので「絶望 大人一枚」と言ってチケットを買う。結構重い写真が多い割に、見に来ている人が多い。

知っている写真が多かったが、かつて買ったリトルモアの「FOIL」が既存の報道写真の終わりを表すとともに新しい時代の始まりとして紹介されていたのが印象に残った。このFOILの第一号は奈良美智と川内倫子がアフガニスタンを撮った写真が載っている。

〜星野道夫展〜
次に銀座の松屋で14日まで開かれている星野道夫展。写真以前に「見に来た人を見る」ような混み具合に圧倒された。
彼は写真家としてアラスカに行ったのではなく、アラスカを知りたくて行ったと言うようなことが書いてあり、ごもっともというか、そういう気持ちで挑まないといけないなぁと痛感。

〜2つの写真展をまわって思ったこと〜
インターネットの普及により世界各国の情勢を細かく知ることが出来るようになった。しかし、情報を得にくかった時代の写真の方が世界を動かすような力があったように改めて感じた。

写真の力が弱くなったのか、一つ一つの情報の価値が薄まってしまったのか、受け手が世界情勢を以前より知るようになって、軽く受け止めてしまっているのか。僕の中では世界のことが手軽にわかるようになって、かえって自分の周りにしか関心が持てないようになってきているんじゃないかと感じる。そういう意味では世界の貧困などを伝えるだけではなく、もっと身近な問題も同様の手法で伝えられないものかと思う。

2006-08-09

パクチーの日

8月9日はパクチーの日。我々日本パクチー狂会が制定したもので、今回の会場は中目黒の「東山」。和食のお店でおしゃれな感じだった。
5時半から1時間ほど北越製紙本社で会見があったが、なんとかカンパクを執り行う「8時9分」より前に「東山」に到着。着いてすぐさま仕事の続きを店内の一角で始め、カンパクが終わった後も8時半頃まで写真出稿後のフォローなどに追われた。

昨年はこのイベントに所用で参加できなかったが、参加できてよかった。料理もいつもは「パクチー原理主義」と言っても良いくらいパクチーが前面に出た感じだったが、今回は和食の中からパクチーを発見するような感じで、和とパクの融合を満喫できた。
パクチーというものを通じて、今回も新たな出会いがあり、楽しいひとときを過ごせた。たまにはこうした気分転換が大切だなぁと痛感する宴でもあった。

写真は会見にのぞむ北越製紙の三輪社長。彼はパクチーの日のイベントには参加していない。念のため。
狂会々長が書いた記事はこちら。僕の写真は2枚載せた。

2006-08-07

広島日帰り取材

行くべきかどうか数週間前から迷っていた。だが、昨日の夜中に「やはり行くべきである」という結論が突如降ってきたので、朝から広島へ向かい、6時すぎまで滞在した。

今回の目的は、最近騒がれている原爆ドーム近くの高層マンション建設の実情を知るため。どんな景色になっているのかを知っておきたかったし、マンション建設中の写真を残しておきたいと思ったからだ。

それに次の節目となる65周年や70周年を見据えると、その時だけではなく、毎年行ってこそ分かることもあると思う。

平和記念公園周辺で一通り写真を撮った後は、友人たちと合流。旧日銀広島支店で行われているポスター展や写真展、折り鶴展を見学した。折り鶴については、警備員さんがいろいろと解説してくれた。

その後、川辺を歩いて原爆ドーム周辺へ戻る途中、我々の一団に声をかけてくれたおじさんがいた。このおじさんが話してくれたことを、うまく記事化できればと思う。

2006-08-02

トラックバック機能を追加

トラックバック機能のないBloggerに、クリボウさんの「クリボウのBlogger Tips」を参考に、HaloScanを導入して機能を追加した。

これでとりあえず「ブログらしい」状態にはなったと思うが、カレンダーは導入にあたっていろいろ障害があるし、カテゴリーはないし、「最近のコメント」を表示するのも一筋縄にはいかなかったりと、やはりBloggerで運用するのは楽じゃない。一番良いのは従来使っていたExciteでJava Scriptを解禁してくれればもとに戻せるのだが...

イメージイラスト v.s. 現在の写真

新東京タワーに関連して、墨田区がグランドデザインを策定している。これに対するパブリックコメントを1日から受け付け始めた。
お盆前の時期に出る新タワー関連の記事は、これが最後になるんじゃないかと思う。

せっかくなので、31日にイメージイラストとほぼ同じ位置から写真を撮ってみた。
従来もイラストと比較する写真を載せてきたが、これは吾妻橋から撮ったもので、ちょっと位置が違っていた。
今回は結構イイ線いってると思う。

グランドデザイン自体は概念みたいなものなので、具体的にどんな建物が建つなどの話が出て来ない。
なので、あんまり賛成・反対という切り口のものではないだろう。「ここはこうしたほうが良い」などの建設的な意見が全国から多く集まってほしい。

あとは新タワーに頼らなくても地域が活性化するような動きが、地域経営ゼミなどを通じて墨田区内に根付いて行けば、2011年のタワー完成時には部分完成の状態でも、そこから10年、20年かけて新しいすみだが育っていくだろう。

2006-07-30

隅田川の花火

金曜に連載が終わって"前期の筆記試験"が終わったような気になっていたが、土曜は実技試験の日という感じだった。隅田川花火大会の花火を撮影し、記事も書かなければならなかったからだ。

いままで花火の写真をまともに撮ったことがなかったので、どう撮れば良いのかはわからず、ひとまず昔買った雑誌に載っていた花火写真家の記事を読んでおいた。

夜7時すぎに撮り始めたが、勢いよく花火が上がっているときは、露出がオーバー気味になり、いい絵になりにくい。適度に勢いがいい時を狙って撮ると、まあまあの出来。

8時半に大会が終わったが、記事をまとめて写真も編集しなければならない。一人二役。記事は予定稿を用意しておいたので、それほど時間を掛けずに書き終わった。その後は「花火大会らしさ」「来年は行きたい」と見た人に感じてもらえる写真を探して送った。

7月の最終週は、月曜日の観光案内所オープンの取材に始まり、火曜から金曜の連載、金曜に新タワーアンケートの中間結果発表、そして花火大会と"すみだWeek"という感じだった。
花火大会が終わった今、やっと僕にとっての前期試験が終わった。来週は少しリラックスできる日々を送りたい。

2006-07-29

連載が終わった

5月から通いつめた早稲田の地域経営ゼミを通して「新東京タワーのことを考える」的な連載を全4回で書いた。内容としては好きなことなので良いが、いざ記事としてまとめようとすると難しいと改めて痛感。

構成を考える段階で、各回で取り上げる事柄は決まっても、どの部分を落とすかが悩ましい。できれば事細かに書きたいが、それをやると本当に長くなってしまう(出した記事も長いと思うし)。学生のみんなにはアンケートに答えてもらったので、極力多く取り上げようと頑張ってはみた。

内容をある程度決めたとはいえ、事前に書くポイントを決めてしまっては、単に記者が狙っている所だけを書くことになってしまう。そうではなく、なるべく自分が経験したり、学生や講師の人たちから出てきたことをありのままに書きつつ、そこから感じられる「地域活性化のキモになる要素」をいかに抽出してまとめるかが課題だろうと思って挑んだ。

次の連載では今回の反省点を生かして、毎日死亡しないように乗り切りたい。

2006-07-24

地味なまちネタ

墨田区の観光案内所ができたので、新東京タワーがらみで取材に行ってきた。
案内所なので新タワーの新材料が出るわけでもなく、地味な記事だ。

こういう地味な内容は読まれる/読まれないでいけば読まれない。
しかし、新タワー建設後のまちづくりなどを考えると、決して無視できるものではない。
観光案内所でどういう商品を取り揃えているか、どの程度の広さなのか、区の施設に入居している小さな企業の製品が紹介されているか...

細かいことになるが、区が新タワーを観光の起爆剤に位置づけている以上、今から小さな動きを見つめていく必要があると思う。
たとえ今読まれなくても、1カ月後、1年後、3年後にこんなことがあったんだという記録を残すのが、新タワーをずっと取材している自分の役目なのだろう。

記事というよりは資料という言葉の方がしっくりくるかもしれないが、これからも地味な話題でも極力記事として残していきたい。

2006-07-23

Google検索を付けてみる

Bloggerに移行以来、エキサイト時代に比べて、カテゴリがなかったり、トラックバックができなかったりと結構不便なブログライフを送っている。正直エキサイトに戻そうかとも考え出す始末。

とりあえずサイドバーにGoogle検索をつけてみた。しかし思っているような検索結果が出ない...
そろそろ「第3のブログ」を真剣に探そうかなぁ。流浪の民生活は終わりそうもない。

2006-07-14

デザイン交番の写真が今夜テレビに!

深夜2時台ですが、昨年私が撮影したデザイン交番の写真が、テレビに出るそうなので告知!

番組名:テレビ東京 Design Channel
放送予定日:7月14日(金)26:45~
内容:公共デザイン(の一部)
番組サイトはこれ。

公共デザインだから、デザイン交番がメインというわけではなさそう。
なので数秒しか写らない可能性もなきにしもあらず...

2006-07-11

スカシほか2件

今日は朝の東京地裁からスタート。
宮内の公判があるので9時過ぎに着いた。以前から狙っていた場所を確保し車を待つ。
残念ながら宮内と岡本は顔が撮れる状況ではなかったが、熊谷はタクシーだったので比較的楽なスカシで撮影できた。
しかし、熊谷は今日の公判ではあまり記事になるような発言をしなかったらしく、写真はボツに。

一度社に戻って、昼からは外国特派員協会(FCCJ)へ。
馬英九・台北市長(国民党主席)が講演者で、英語が非常に流暢だったのが印象的。今調べたらハーバード大卒だそうだ。
前日は同じ場所でボブ・サップが会見したが、彼は話が始まるとすぐにマイクを口元に寄せてしまい、結構撮る角度に苦労した。
今日の馬氏もちょっとマイクが近かったが、昨日に比べれば楽な方だった。
FCCJは以前から取材に行く機会が多く、落ち着いて撮影できる。しかし、マイクの位置は始まってからも登壇者が変えてしまう可能性が高く、終わるまでは気が抜けない。

昼食後は日本記者クラブでジュディ・チェン-ホプキンズ国連難民高等弁務官補の講演。
どうやら老眼鏡をかけるらしく、ちょうど目にフレームがかかってしまうのに苦労した。
Q & Aではメガネを外す場面もあったが、だいたい表情がいい時はかけている時で、出稿した写真は結局かけているときのものになった。

ニュースの写真というのは、一見たいしたことないように見えるが、あれこれ工夫した結果として「普通に見える写真」が世に出ていると思っていただければ幸いである。やっぱり、マイクを食べてるような写真などは、見比べてしまうとおかしくみえるものだ。

2006-07-05

Google Spreadsheetsベータ版

Google Spreadsheets(GS)はGoogleが提供するWeb版表計算ソフト。現在はベータ版なので招待制となっており、「Google Account」を作成しておくとGoogle側の用意が整った段階で招待状が送られてくる。登録はこちらから。

使い始めて約1ヶ月経つが、第一印象は動作が重い。これは回線の速度というよりは、サーバー側のレスポンスに依存する問題と考えられる。
GSはCSVやXSL形式のファイルを読み込めるので、Excelなどの表計算ソフトで作ったデータのうち、いつでもどこでも更新したいものを読み込んで使う用途には向いていると思う。反面「Excelの代用品」という使い方は、機能の問題よりもレスポンスの点で現時点ではちょっと厳しいだろう。

僕の場合は、カメラ(EOS-1D Mark II N)のバッテリー充電履歴をExcelで管理しているので、これをGSに読み込んだ。これでどのパソコンからでも履歴を更新できる。

当面はこうした「一度作ったデータを読み込んで更新していく」というスタイルで使っていくのが、ストレスを感じない使い方かな、と思っている。

■Google Spreadsheets関連記事
なぜGoogle SpreadSheetsの機能はライバルに劣るのか(2006.6.23 ITpro)
Ajaxを駆使したWeb表計算「Google Spreadsheets」を日本語環境で試す(2006.6.8 ITpro)
米Google,Webベースの表計算プログラムを限定テスト公開(2006.6.7 ITpro)
Google Spreadsheetsは「プアマンズExcel」(2006.6.7 ITmedia)
「Google Spreadsheetsは10年古い」とMicrosoft(2006.6.7 ITmedia)
「Google Spreadsheets」、順番待ちを避ける裏技は"共有"(2006.6.7 MYCOMジャーナル)
米Google、表計算Webアプリケーション「Google Spreadsheets」ベータ版(2006.6.7 INTERNET Watch)
ウェブベースの表計算プログラム「Google Spreadsheets」、まもなく登場へ(2006.6.7 CNET)
米Google、Web表計算ソフト「Google Spreadsheets」を公開へ(2006.6.6 MYCOMジャーナル)
「Google Spreadsheets」、テスト開始(2006.6.6 ITmedia)

2006-07-02

新しいストラップ

キヤノンのサービスから新しいカメラのストラップが会報と共に送られてきた(
写真上)。以前同社が配っていたものと同じ赤いストラップだが、材質などが変わったらしい。

僕が使っているカメラ(EOS-1D Mark II N)のストラップは、まだ半年くらいしか使ってないのに、5月を過ぎたあたりから、2台ともボロボロになりだした(写真下)。
このことを以前サービスセンターで「付属ストラップは、毎日使ってるとこんなんなっちゃうんですけど、どうにかならないですか」と担当氏に言ったところ、「7月に会報を送るときに新しいストラップも試供品として送るらしいですよ」との情報を得たので、「切れかけストラップ」で我慢していた。ちなみに新ストラップは、昔のをヤフオクなどで転売する人が多かったので、今回は市販もすることにしたらしい。

付属のストラップは布の部分と裏面の滑り止め部分に一体感がなく、「いつかバラバラになるであろう」という予感は買った当初からあった。あと致命的なのが結構滑りやすいこと。
一方、ニコンのサービスから配られたストラップは、一体感があり、ゴアゴア感もなくて滑りにくい。できれば同じもののキヤノンバージョンがあればというのが本音だ。

新ストラップは使い始めたばかりだが、付属品よりは滑らなそうな点はよかった。これでニコン並みの使い心地なら良いのだが...

2006-07-01

Excite Blogから移行

2004年9月からスタートした当ブログ。
ExciteではJava Scriptが使えない、というのを主な理由として、Bloggerへ移行することにした。

ただ、Bloggerでは以下のような不満があるので、今後カスタマイズで対処していく予定。
・カテゴリーがない
・カレンダー表示がない
・トラックバックができない
・「前のページ」「次のページ」ボタンがない

上記はカスタマイズでなんとかなるものもあれば、そうでないものもある。
どうにもならなければ、レンタルサーバー+Movable Typeという組み合わせで再構築するしかないかなぁと考えている。

現状は旧サイトからエントリーをコピー&ペーストしただけ。
なるべく早いうちに手をつけられるところから改良していこうと思う。

2006-06-24

渋谷は市街戦にならず

22日は普通に働き、一度自宅へ戻った後に終電で出社。そして3時にヴェルファーレへ。6時前に敗退が決まって会場を出るにも、エレベーターに乗るまで10分近くかかり、30分後にやっと渋谷に着いた。

交差点からセンター街入り口を見てみると、どうもいざこざっぽい。信号が青に変わると、当事者と思われる外国人がこっちへ向かって警察官にしょっぴかれてくるではないか!
ということで、警官と外国人に突撃。 「ボク ワルイコトシテナイヨ。ドウシテ? Why?」という感じだった。

しばらくすると、先ほどセンター街付近で暴れていた者が警官に噛み付いている。これも大事じゃなかったが、寄って撮る練習になるので突撃するも、他社の食いつきはイマイチ。

その後、7時には機動隊が引き上げ始めたので、しばらくして渋谷を後にした。
特にこれといった騒ぎのない、平和なW杯後であった。

2006-06-14

シンドラー社の会見

「シンドラーの」と言われたら大抵の日本人が「リスト」と答えていたのが、「エレベーター」を思い浮かべるようになってはや数週間。やっとスイスからも幹部がやってきて会見が行われた。

会見の中身はおおかたの報道の通り、遅くなったことについては詫びるが「自社の非は現時点では認めない」というものであった。

この手の会見に慣れてない会社だと、一社あたりの質問の数が無制限だったり、終わる時間が見えなかったりと、“次”がある人間にはやりくりに悩む取材となる。記者の質問に答え続けるのは良いのだが、やっぱり最長で2時間(今回なら7時まで)というのが一つの目安なんじゃないか。

結局AP、ロイター、AFPの主要外国通信社3社のうち、ロイター以外はシンドラーに来た人がパブリックビューイングの取材も入っていたため、1時間半から2時間近く経った時点で引き上げていった。

僕も7時頃に「最後の2問」というから待っていたが、1社がだいたい3問くらい質問するので、「最後の2社」というのが実情。結局は8時前になってしまった。その後も「質問がある以上、全部答えるのが説明責任だ!」という社もおり、まだまだ続きそうな状況だった。

かといって次のW杯関連取材もやらないわけにいかないので、新たに僕らの仲間に加わってくれた記者のKさんを残して先に戻らせてもらった。Kさんが戻ってくると、8時半までやっていたらしい。会見を3時間半もやった会社って僕は初めてだ。

2006-06-09

村上祭り

月曜日は村上ネタ。こういう祭りは個人的に大好きだ。
前日に他社の友人から「結構展開が早いかも」という情報を得たので、朝6時半にはヒルズに着いた。ひとまずレジデンスやレジデンスからタワーへ向かう通路などを一通り見て回った。朝はワイドショーがあるので、絵的にわかりやすいレジデンス前が人気だった。僕はヒルズ内で村上氏を撮る機会はまず無いだろうと思い、強制捜査狙いでタワー正面に3段脚立を置いた。

しばらくすると前述の友人から「11時に東証で会見やるらしい」との情報が入る。
一度会社へ戻り、置きっぱなしにしてある2段脚立を持って下へ降りた。やはり自宅から3段を持ってきて正解だった。そして正面のポイントはまもなく出社する新人Sさんに託し、戦友の域に達した同僚T君と東証へ。

東証に到着すると、クラブが持っている会見室でやるらしく、エライ混雑だった。普段なら50人くらいで満員になる部屋に少なくても200人近くが殺到。僕が着いた時点でまだ中に入れる状況だったが、村上氏は出入りも絵になるので、会見中をどう撮るかは別として、入口で待機した。

11時前には村上氏がやってきた。予想通りもみくちゃになって表れ、会見室に入っていった。さて、入りは撮れたものの、この状況でどう部屋に入るか。
「混んでいたので会見中の写真は撮れませんでした」とはいかないので、身動きがほぼ不能な状況で広角レンズを望遠に交換して記者と記者の頭の間から村上氏の顔をねらう。

♪むちゃくーちゃー じゃーま やっちゅうねん、この頭もあの頭もぉ~♪

こんな替え歌が頭をよぎりながら、なんとか後ろから押されるタイミングを利用して前進し、会見中のお顔を撮ることに成功した(本当に使える写真が撮れていたとわかったのは東証を出てからだが)。しかし、会見は1時間半にもなり、つま先立ちを続けたため、足と背中が異様に痛くなった。

トークライブと言った方がいいような会見を終え、部屋を出るのもまたすごかった。とりあえず出てきたところで顔のアップを撮り、あとは混乱する現場の全景写真を撮った。エレベーターホールまで追わないというのが約束らしいので、今回は約束を守ってみた。まだ一日長いし。次からは守らないかもしれないけど。

大手はその後駐車場から出た車を追跡したらしいが、僕らにはそれは不可能なので、東証の外で写真電送を開始。送り終わってからは六本木へ戻り、新人Sさんと合流。交互に休憩を取った。

休憩後は正面以外のポイントをチェックしたが、変化なし。やはり正面から検察が入る以外には撮れるものが無いと思い、タワーと検察の“入り”を絡められる場所に僕が、タワーの入口にSさんを配置して様子をみることにした。

「25人くらい改札を出たところにいる」。前述の友人が知らせてくれた。やはり正面からタワーに入るようだ。「いま向かった」という連絡からしばらくするとテレビカメラを先頭に、カバンを持ったスーツ姿が見えてきた。正面から撮った後、タワーを絡めて“入り”を撮影。念のためタワーの入口にも向かうが、タワー内の写真を撮ってもメリットがないのでやめる。

強制捜査が始まれば外にいても意味無いので、早々に社へ戻る。何かあれば降りればいいだけなので、こういうときだけは会社の所在地の恩恵を感じる。撮った写真を出してからは、検察が資料を持ち帰るところを撮るために、また下へ降りた。段ボールを積んだ車を撮るだけなので、10時半まで待って動きが無ければ終了ということになった。

結局、決めた時間まで待ったものの、動きが無いのでT君と一杯やって帰ることにする。その後も現場に残った他社の友人たちの情報を総合すると、夜中に出た車がそれだったらしい。

いやいや、長い一日であった。そして長いエントリーであった。

2006-05-21

ニューバランス M2001

土曜日に以前から探していた靴が見つかった。ニューバランスのM2001というモデルだ。3年ほど前から同じもの(写真後方)を履いているが、この1年は特に酷使したためか、かなり傷んできており、自分がまっすぐ立てない状態になっていた。その割に買う予算がないのと店頭で見かけなかったので、姿勢がおかしいものの履き続けていた。

今回はたまたまダメ元で入ってみた店で発見した。色は黒しかなかったが、3年間グレーを履いたし、できれば黒をと思っていたので丁度良かった。金銭的に余裕はないのだが、かなり歩きづらさも限界に達しており、見つけたときに買わないとまた疲れやすい日々を送らなければならないと思って決心した。

値段はハッキリ言って高いが、やはり他の靴とは履き心地が違うのと、長時間歩いても疲れにくい。一日中歩き続ける今の仕事を続ける上で、靴選びはカメラ選びと同じくらい重要だ。一足だけだとヘタりやすいので、金銭的に余裕ができたら海外の通販サイトで買い増したい。

2006-05-17

コリャすごい

民団と総連の会談を取材した。当初の予定ではビッグサイトへ行くことになっていたが、会場へ向かう電車の中で同期2人とメールのやりとりをして役割分担を決めた。うまい具合に連絡が取れたため、開始時間にも間に合った。先遣隊となったT君が会場の状況報告とデジカメで動画、Kさんが記事、僕が写真という分担になった。あうんの呼吸で動ける仲間と仕事をできるのはうれしい。

会談の内容について触れる人は多いと思うので、僕は韓国メディアと日本メディアの取材手法について気付いた点を書いてみたい。特段目新しいことではないが、お国柄の違いを国内で実感できた貴重な体験であった。

総連本部に着くと、当然ながら韓国メディアが相当数来ている。報道陣が多いのは見慣れているが、彼らの取材手法がすごかった。とにかく民団のハ中央団長や総連のソ議長達に突っ込んでいくのだ。両団体関係者の記念撮影が始まる頃には大混乱になった。

日本のメディアも同様のことをするが、混乱が生じると声を出し合い、皆で一度少し下がるのが普通。あまり相手に寄りすぎると結果的に誰も撮れなくなるからだ。でも韓国の人たちは突撃体制のままである。また、日本人なら割り込まれると腹を立てるが、彼らは割り込まれたら自分もより撮りやすい場所に移動する感じだった。まぁ、つまらないケンカをするより、このほうが良い気がする。

日韓双方のメディアの印象をまとめると、日本メディアの場合、まず各社に問題のない状態にして、後は各自競争するというイメージ。韓国メディアは最初から競争と感じた。とにかく彼らは熱く取材していた。これが国民性の違いなのだろう。しかし総連の中は蒸し暑かった。