ラベル 仕事 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 仕事 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2011-02-23

IATA事務局長「LCCの長距離便厳しい」

国際航空運送協会(IATA)のジョバンニ・ビジニャーニ事務局長は23日、東京・有楽町の外国特派員協会で講演し、ローコストキャリア(LCC)による長距離便の運行について「この5~6年は厳しいのではないか」と否定的な見方を示した。

「LCCの長距離便は厳しい」と語る
IATAのビジニャーニ事務局長
(撮影:吉川忠行)

ビジニャーニ事務局長は、LCCが長距離便やビジネスクラスに取り組む姿勢を、独ルフトハンザや英ブリティッシュ・エアウェイズの系列LCCが芳しくない結果を残していることを引き合いに疑問視。しかし、LCCなどの新興航空会社はIATAに加盟していないケースも多く、既存の航空会社からのけん制とも受け取れ、議論を呼びそうだ。

また、ビジニャーニ事務局長は羽田空港の国際線発着枠について、「政治家は票のために国内線に使いたいのだろう」と国内線重視の現状を批判。国際線が国内線より5割高い使用料についても「同一にすべき」と注文を付けた。

(吉川忠行)

2010-02-10

連載「写真は引き算で考えよう」が最終回

2009年9月から始めた連載「写真は引き算で考えよう」が今朝で最終回を迎えました。
100回載せたのでひとつの区切りという感じです。


最終回は「良い写真が撮れればそれでいい」です。
あれこれ理屈を言ったところで、良い写真が撮れなければ意味がない、というようなことです。
記事にも書きましたが、外国の通信社の場合、特にこの傾向が強くて、カメラの設定にしろ、撮り方にしろ、結果がすべてです。

連載を振り返ると、最初は極力“引き算”と内容を関連づけていましたが、毎回では無理があるので途中からあまり意識しなくなった気がします。
もう少しデジタル一眼レフの設定とかも取り上げようかと思いましたが、意外と書くことがあって途中からは扱わなくなってしまいました。
こうした部分は、今後このブログで載せていければと思います。

書いてきた内容は、上達するためのものというよりは、致命的な失敗をしないための方法とも言えます。
策士策に溺れるではないですが、撮り方ばかり考えて肝心の写真に悪影響が出ては意味がありません。

やはり、どんなときでも一枚撮る気持ちが大切で、その積み重ねで良い写真を会得していくのが一番良いのではないか。そんなことを最終回を迎えて感じました。

2009-10-01

連載「写真は引き算で考えよう」をはじめました

ひょんなことから写真の撮り方やカメラ選びの連載をやったらどうか、という話になり9月15日から始めました。最初は記事が少なかったので毎日書いていましたが、現在は平日掲載でやってます。

連載「写真は引き算で考えよう」

主な対象は写真を始めたばかりの人ですが、何も知らない人というよりは、ある程度カメラのこととかを調べていて、色々アドバイスをもらったけど自分にはどれが向いているのかわからないとか、そんな感じです。
例えば、ある人はSDカードは8GB必要だというけど、別の人には4GBで十分だと言われたけど、自分の場合はどっちなんだろうとか、最終判断をするお手伝いができればと思ってます。

撮り方についても、まずは自分で今までに撮った写真を見直して、それを良くすることから始めるという形式にしました。
というのも、自分で撮った写真をトリミングするだけでも随分印象が変わるし、なにより自分で撮ったものを編集したので、次回撮影する時に撮りたいイメージがしやすいのではないか、と考えたからです。

私のブログにはいまだにD2HsやEOS-1D Mark II Nに関する情報を求めて訪れてくださる方がいるので、内容によっては連載でも取り上げようかなと考えてます。

2009-02-28

「再録・デザイン交番」を終えて

「デザイン交番」を掲載したのは2005年5月30日から6月30日までで計24回です。このうち、最後の母島駐在所は遠く、自費で行くのが厳しいので警視庁から写真を借りました。今回の「再録・デザイン交番」は、母島駐在所を除いた23カ所の写真を現像し直したものです。

今回は取材した当時のことや、再録版を編集していて感じたことなどを書いてみます。

   ◆

当時私が所属していた報道部門「ニュースセンター」(04年12月1日から07年1月31日まで存在)では、記事配信が始まった05年2月からだいたい3カ月に一度、各記者が交代で企画取材をやっていました。
私はこの年の3月に新東京タワー誘致の企画もの(特集・どうなる?新東京タワー)をやったのですが、6月用の企画として公共空間のデザインについてまとめてみようと思い、警視庁に取材したのがデザイン交番の連載でした。これは私がまちに関する取材を続けたいという思いがあったからです。

取材は4月下旬から5月中旬まで9回に分けて行いました。
基本的に会見などの取材が入りにくい午前中に隣接する交番をまとめて取材していました。
例えば銀座方面だと、日比谷→数寄屋橋→銀座四丁目と各交番をまわり、午後から通常の取材に戻る感じです。多摩方面は都心へ戻るのに時間がかかるので、明らかに予定が入らない日に数カ所まとめて取材するか、手早く1カ所撮って社に戻るようにしました。

撮影に使ったカメラは、撮り始めの4月下旬はD1Hで、5月からはD2Hsを使っています。レンズはどちらもAF-S DX 17-55mm F2.8Gです。現像をNikon Capturer 4でやってPhotoshop CS1で調整をしたと記憶しています。
ただ、再録版の長辺320ピクセル程度のデータだと、どれがD1HでD2Hsなのか撮った本人もファイル名を見ないとわからないものです。

今回の再録版では、現像はCapture NX2、調整はPhotoshop CS3で行いました。CS1にはなかった「レンズ補正」フィルタを使えたのは助かりましたが、できればアオリ撮影ができるPC-Eレンズの24mmと45mmで撮り直したいものです。
本当はフォーマットを4対5などに固定したかったのですが、そうすると交番によっては余計なものが入り込みすぎるので3種類くらいのフォーマットを使わざるを得なかったのが残念です。

デザイン交番は特注材料を使うなどで総工費が通常の交番の約2倍になり、いまの東京都ではまず建設不可能な代物です。実際、デザイン交番では壊れた所があっても補修に費用がかかるので現場であれこれ工夫して延命しているそうです。それ故、今では警視庁の施設課で地域の特性を生かした交番を設計しているとのことでした。こちらは極力汎用品を利用する設計になっているそうです。

   ◆

まぁ、この手の企画取材は手間がかかる割に会社側が求める「アクセス数が桁違いに多いコンテンツ」にはならないので、アクセス数至上主義者が牛耳ることが多いネットメディアではやりにくいなと改めて思いました。
かつてダイアナ妃を追っていた報道カメラマンが事件前に天安門事件も取材していたような、日々エンタメで数字の実績を出した上で社会的に意義のある取材も行うスタイルが、以前よりも顕著になってきたと感じます。
実際、海外の通信社の仕事も、日本ではスポーツ・エンタメ(主にハリウッドスター)・ビジネスが中心にならざるを得ないのですが、需要を考えると致し方ないのかもしれません。

最後はグチのようになってしまいましたが、企画取材や作品撮りも続けていこうと思います。

「再録・デザイン交番」はこちら。

2009-02-02

数寄屋橋交番─再録・デザイン交番(1)

最近テーマを決めた建築写真を撮っていて、ふと2005年5月30日から24回に渡って連載した「デザイン交番」を思い出しました。
現像ソフトウェアも進化したこともあり、久々にもとのデータから作り直してみたので載せてみます。
確かもうオリジナルの掲載データはサイトに残ってなかったと思うので、資料的な意味合いも含めてという感じです。

第1回目は数寄屋橋交番です。


とんがり屋根には銀座のシンボルとして親しまれるように、という願いが込められている(撮影:吉川忠行)

築地警察署 数寄屋橋交番
竣工:1982年3月
構造:鉄骨造
規模:2階建、52.70平方メートル

初出:2005年5月30日 吉川忠行/ライブドア・ニュース

   ◆

デザイン交番とは、東京都が行っている「文化のデザイン事業」に基づき、警視庁がその趣旨を反映させて建設した交番です。
取材当時、同事業に基づいて建設された施設は25カ所あり、内訳は23交番1駐在所と時計塔が1カ所とのことでした。
このうち、小笠原の駐在所は遠すぎるので連載当時は同庁から写真を提供していただきました。
今回の再録版では自分で撮った分を載せます。

警視庁によると、デザイン交番の総事業費用は、通常の交番に比べ約2倍とのこと。
これは通常であれば同庁の専門技師が設計するものを、「東京都設計候補者選定委員会」に推薦を受けた外部の建築家に委託するため、設計費用が別途発生することや特注材料を使用することによるそうです。

今後は予算の問題もあり、デザイン交番が建設される見込みは少ないらしいです。
しかし、同庁の専門技師もデザイン交番に劣らないデザインで地域のための交番を生み出す努力をしているとのことでした。
代表的なものを挙げると池袋のふくろう交番が警視庁設計で地域性の表れたものでしょう。

次回は八潮団地交番です。

2008-09-30

新東京タワー記事の再掲完了

私が7月末まで所属していたオーマイニュースで取材・執筆した新東京タワー関連の記事計15本を自分のブログに掲載しました。これはライブドア・ニュース時代の49本と同じく、オリジナルデータが消えても新タワーについて研究する方などのお役に立てればとの思いで再掲しました(“新東京タワー”のタグでまとめてます)。

7月末まで所属といっても、最後の出社は6月の終わりだったので、7月14日の新タワー起工式は個人で取材しました。8月は北京オリンピックの取材をしつつ、期間中に上海へ転戦し、オープン前の上海環球金融中心(上海ヒルズ)や周辺地域も撮ってきました。これらはどこかで新タワーについて書く際に使えればと考えています。

新タワーはともかく、地域活性化などの街ネタはなかなか読んでもらえないジャンルですが、せっかく長いこと続けてきたので、できればライフワークとしてこれからも取材を続けていこうと思います。

2008年9月30日
吉川忠行

2008-09-20

どうなってるの?東京タワーと新東京タワーの関係って

放送局側は「6社歩調合わせて検討」

[私が過去にニュース媒体で出稿した記事の再掲です]

東京タワーを運営する日本電波塔(東京都港区、前田伸社長)は、NHKと在京民放5社に対し、地上デジタル放送(地デジ)への完全移行後も東京タワーの利用を続けて欲しいと、9月21日、協議を申し入れた。在京6社は、墨田区に建設予定の高さ610メートルの新東京タワーへ、くら替えを予定している。

これに対して、新しい東京タワーを建設する予定の東武鉄道の事業会社「新東京タワー」(東京都墨田区、宮杉欣也社長)は9月28日、新東京タワーの施工者を大林組に決定したと発表した。

建設予定地では、10月6日に光でタワーを表現するイベントが地元有志によって催された。10月第2週からは、大林組により工法を確かめるために試験杭(くい)を打つ作業が建設予定地で始まっている。2008年の新タワー着工に向けた準備が進むなか、いったい東京タワーと新東京タワーの現状はどうなっているのだろうか?

東京タワーは333メートルから360メートルへの改修計画

今回、日本電波塔が発表した計画は、東京タワーの全高を現在の333メートルから360メートル程度にし、地デジ用アンテナの取り付け位置を80~100 メートル高い位置へ移設する、というもの。また、敷地内に送信所を新築し、タワーの改良費40億円と送信所の新築費35億円の計75億円を自社負担する。賃料についても、現在の価格より抑えるという。

 これはテレビ局にとってはオイシイ話だ。なぜなら、現在、最大の稼ぎである広告売上が、消費者金融の出稿削減やインターネットなど他媒体との競争激化で、減少傾向にある。そのなかで、地デジ用の送信設備費用を丸抱えしてもらえることになるからだ。反面、今まで進めてきた新タワー向けの設備整備を見直す必要がでてくる。

計画そのものは、04年に在京6社が新タワー構想を発表した直後に、日本電波塔が提案していたもの。それを9月に公表した理由について、同社の高村啓之・総合企画課長補佐は、「東京タワーの強度面の安全性、地デジの受信エリアなど、調査結果がまとまったからです」と話す。

高村課長補佐によると、総務省が求める2011年初頭から、地デジに完全移行する同年7月までに、アナログ放送と同等の受信エリアをカバーしなければならないという条件は、東京タワーで満たせるという。送信アンテナの位置が変わる新タワーと異なり、家庭などに設置されている受信アンテナの位置は現在のままで良いため、電波障害対策費がほとんどかからない点もメリットだ。また、1958年の竣工から来年で50年を迎えるが、強度の調査をした結果問題がないという。

記者が以前入手した資料では、千葉県君津市にバックアップ用の小型タワーを建てる計画があった。川田正宏・総合企画部長によると、「現在では各放送局さんが自前でバックアップ施設を持たれているので、不要になりました」とのことで、東京タワーの改修と送信所の新設のみで、新東京タワーに対抗できるようだ。

放送局の反応は?

東京タワーの破格ともいえる改修計画の発表を受け、放送局側はどう考えているのだろうか。

10月4日に行われた、橋本元一・NHK会長の定例会見要旨によると、「できるだけ視聴者に迷惑をかけないように、NHKと民放各社が歩調を合わせ、統一した考え方で進めていくことが基本」と、記者からの質問に応じている。

一方、民放の君和田正夫・テレビ朝日社長や豊田皓・フジテレビ社長も定例会見でこの質問に答えている。君和田社長は、「1社としてどちらがいいとは今申し上げにくい状態。日本電波塔からの協議申し入れについても、6社として対応していきたい」と回答。NHK、民放ともに在京6社で協調して協議を行っていく姿勢を示した。

新東京タワーは金銭面で折り合いつかず?

「報道ではいろいろ言われていますが、大枠では放送局側と調整はとれていますよ」。ある関係者はこう語った。「いろいろ言われている」というのは、新タワーの事業主体「新東京タワー」と放送局との間で、賃料など金銭面で折り合いがつかないと報じられていることだ。こうしたすれ違いは、建設予定地が決まった当初から見られていた。

 新タワーの建設予定地が墨田区に決まったのは、2006年3月31日。放送局側が開いた説明会で配られた資料には「最終候補地」と記される一方で、東武側の会見では「建設地」と断定的に書かれていた。

この微妙な温度差について、当時、東武側の会見に出席した山崎昇・墨田区長に訪ねたところ、このような答えが返ってきた。

「放送局側からは、最終決定したが東武・行政と3者で今後協議しなければならないことがある、と話があった。後ろ向きな協議はあり得ないので『最終候補地』は『建設地』であると思う」

建設予定地の表記が異なるほかに、建設費の負担についても見てみよう。新タワーの建設費用は500億円と発表されている。この500億円は2006年5月設立の新タワー社が負担するが、今のところ、同社への出資企業は親会社の東武のみ。東武は2006年5月、2016年満期でユーロ円建ての転換社債型新株予約権付社債(CB)を発行し、最大で500億円を調達した。

一方で、「事業について発言権を確保する必要はあるかと思うので、株主になるのも方策」(山崎区長)と、当初、出資に前向きな姿勢を見せていた墨田・台東両区では、今のところ新タワー社への出資の話は進んでいないようだ。地元関係者によると、区議会でも出資に関する話は出ていないという。

前出の関係者は現状についてこう語る。「(タワーができる2011年は)4年も先ですからねぇ。タワー周辺の商業施設に出店するとか、出資するなどの判断は、今の段階では企業として難しいんじゃないですかね」。

 しかし東武は「国内有力企業に加え、放送局にも出資を求める」と前述の会見で説明していた。“国内有力”企業はさておき、建設予定地が決定して1年以上も交渉を行っているのに、放送局側が出資の姿勢を見せていない点は疑問が残る。

「大人の話として、(放送局側が)建ててくれと言っておいて、東京タワーが安いから新タワーはやめます、というのもないでしょう」。地元関係者はこう読むが、真相はまだわからない。最近の動きで公になっていることと言えば、新東京タワー社が、9月中旬に環境アセスメントの住民向け説明会を、墨田・江東・台東の3区で開いたことくらいである。

東武にとっては巨大プロジェクトであるため、進ちょく状況がわかりにくい点は致し方ない面もあるだろう。しかし、東武側がプロジェクト名「Rising East Project」(ライジング・イースト・プロジェクト)を発表したのは昨年の10月。

周辺地域の発展に寄与するタワーを目指すならば、もう少し具体像が見えてきても良さそうなものと感じるのは、記者だけだろうか。

写真1:地デジのフルパワー放送を記念してブルーにライトアップされた東京タワー=05年12月1日、東京・六本木で(撮影:吉川忠行)
写真2:2006年11月に東武鉄道が発表した新東京タワーのイメージイラスト(提供:東武鉄道)
写真3:新東京タワーの建設予定地=9月4日(撮影:吉川忠行)

■関連リンク
東京タワー
ライジング・イースト・プロジェクト(新東京タワー)

◆

初出:2007年10月23日11時45分 吉川忠行/オーマイニュース

2007-05-29

気がつけば5月

4月1日から新しい会社に移り、移ってすぐにサイトと出稿システムがリニューアル。
そんなこんなで写真記者のハズがペン記者どころか、不具合とりまとめの技術屋となった4月でした。

連休前にはほぼ落ち着いたものの、取材体制の構築や不具合対策の継続的なフォローも必要で、最近になってやっと取材中心で動けるようになってきました。

とはいっても、いかんせん人が少ないので、以前なら大きな事件だと、僕が写真で同僚がペンと分担できたのが、すべて一人でこなさなければならないのは正直しんどい。
やはり写真にもっと集中して取り組みたいなぁと思う今日この頃です。

今日は慶応大学病院へ取材に行きました。無論一人です。
SPがセルシオにハコ乗りして警備する様子とか、記事では省きましたが、ここではそういった小ネタを出していければと思ってます。



まぁ、まちネタというか池袋ネタも、仕事に支障のない範囲で書いていきたいです。

2007-03-01

新東京タワーの取材

私が新東京タワーの取材を始めたのは、2005年1月のことでした。
当時は我々ニュースセンターが04年12月に発足してから1カ月。2月からの本格稼働を目前に、試験的に記事を出している時期でした。

最初の記事は池袋の誘致集会のレポートです。
豊島区のホームページか何かで、1月下旬に池袋で誘致集会があることを知り、大学で池袋東口の研究をしていた私は、新たな池袋研究のネタにもなると思い、集会に足を運んでみました。

新東京タワーの存在を最初に知ったのは、1990年代後半のことです。
当時は、秋葉原に建てるやら、浅草が立候補しているやら、東京タワーの隣に建てるやら、浮かんでは消える候補地の名を新聞で眺めていました。現在の高さ600メートルの地上波デジタル(地デジ)放送用新タワーのプロジェクトがスタートしたのは2003年で、その当時はあまり関心がなかったというのが正直な感想です。

このたび、ライブドア・ニュースの独自報道部門の廃止に伴い、私が取材・執筆した計49本の記事を自分のブログに掲載しました(“新東京タワー”のタグでまとめてます)。
これは仮にオリジナルデータが消失した場合でも、後々新東京タワーについて研究する方などのお役に立てればとの思いで、自分で管理しているサイトに再掲した次第です。

私自身、これからも機会があれば別の媒体で新東京タワーのことを書き続けられればと考えています。

新タワーは地域のDNAになるか

特集・地域活性化は誰のために 最終回

[私が過去にニュース媒体で出稿した記事の再掲です]

 下町情緒あふれる街並みが残る東京・墨田区。2011年完成予定の新東京タワーの建設地に決定したことで、同区は従来の製造業中心から観光都市への脱皮を図る。地元では新タワーの誘致成功を歓迎する声が聞かれる一方、「潤うのはタワーの建つ再開発地域の中だけ」との声も聞かれ、建設地周辺まで波及効果が及ぶのか、疑問視する見方も根強い。

同区は新タワー誘致前の03年から、早稲田大学と産業に加え、教育やまちづくりなど包括的な産学官連携に取り組む。産業以外の分野を含めた連携は、全国初の試みだ。この一環として、地域経営ゼミ(友成真一・同大理工学術院教授)では、同区を舞台に必ずしも一年間で成果を求めず、長期的な視野で地域活性化に取り組んでいる。4年目を終えた同ゼミの狙(ねら)いを、友成教授に尋ねた。

学生は教授のコマではない

「墨田区を活性化するのが最大の目的ならば、これほど非効率なことはないですよね(笑)」。学生に自主的な活動を求める同ゼミで、一年間で成果を求めない点を尋ねると、同教授はこう答えた。教授が施策を示し、学生が実行する──。これが従来大学が行う地域活性化の手法だった。しかし、短期で結果を出せたとしても、本質的な問題解決に至らないことが多い。「短期で“結果”を求めるなら学生をコマとして使うだけになる」。

同教授は、地域活性化を経営の視点でとらえる。「経営の本質は原因を作り続けること。原因に目を向けなければ、世の中が求める“結果”は生まれない」と、変化が生じる本質的な“原因”を同区で作っていきたいという。商店街の“復活”を、ビジネスとして成功させるならば、学生はコンサルタント会社に勝てないであろう。大学が地域と関(かか)わる意味を「物事の本質を追究するのが大学だから」と同教授は考える。

自分自身に活力や考え方の変化が生じないと地域を活性化できない、と同教授は見る。ゆえに「非効率」でありながらも、学生と活性化のタネ(原因)をまき続ける。

「年々本質に向かっている」

自主的なゼミの活動を先導するのが「コーディネーター」と呼ばれるかつて受講した学生たちだ。

コーディネーターたちは、ゼミ生たちを牽引(けんいん)しつつ、「キラキラ探偵団」(前回参照)など、自らのプロジェクトも手がけた。同教授は、年々プロジェクトが、人の心に変化を生じさせる「地域活性化の本質的なこと」に向かっているという。前年の経験を生かして活動するコーディネーターの存在が、その一因であるのは間違いない。

新タワーを地域のDNAに

新東京タワーの建つ墨田区では、周辺地域の整備計画が着々と進行している。しかし、観光の目玉となる大型施設の誘致に成功しつつも、徐々に客足が伸び悩んだ地域も多い。2001年に負債総額3261億円と第3セクターでは過去最大規模となり、会社更生法の申請に追い込まれた宮崎県の大型リゾート施設「宮崎シーガイア」など、地域活性化の夢が破れた例は枚挙にいとわない。

同区が同じ轍(てつ)を踏まない策を尋ねると、同教授は「タワーが建つ前から活用すること」を提案。「建設前から開業後まで、(タワーを建てる)東武鉄道や放送局以外に地域の人が関わり続けないと、新タワーという地域の “資源”を最大限に活用したことにならない」と指摘する。新タワーが地域のDNA(遺伝子)になりうるかが成功のカギだ。

地域活性化は、自治体でも事業を行う企業でもなく、街に住む人のために行うものである。大型施設に依存する従来の方法から、人を中心とした方法に転換することで、長期的に成果が見込める、住人のためになる地域活性化が行えるだろう。新東京タワーは、その好例になれるだろうか。

◆ともなり・しんいち: 1954年大分生まれ。京都大学・大学院工学研究科修了後、80年通商産業省(現・経済産業省)入省。資源エネルギー政策、技術政策、中小企業政策、通商政策を手がける。86年在イラク日本大使館、93年JETROニューヨークセンター技術調査員、96年通産省ロシア東欧室長、2001年国土交通省企画官を経て、02年より現職。「真実は現場に生息する」、「一点突破」、「家族第一」が信条。

【了】

写真:「短期で“結果”を求めるなら学生をコマとして使うだけになる」と語る友成教授(撮影:吉川忠行)

■特集・地域活性化は誰のために(地域経営ゼミ後期特集─全4回)
第3回 商店街が子どもを育てる!(07年01月27日)
第2回 高校生とまち歩きで地元再発見(07年01月26日)
第1回 新タワーで街は幸せになる?(07年01月24日)

■連載・新タワー候補地を"経営"する(地域経営ゼミ前期特集─全4回)
第4回 新東京タワーを建てる意義は?(06年07月28日)
第3回 学生それぞれの「すみだ」(06年07月27日)
第2回 デザインは相手への思いやり(06年07月26日)
第1回 なぜ新東京タワーを誘致した?(06年07月25日)

◆

初出:2007年01月28日11時50分 吉川忠行/ライブドア・ニュース

2007-02-26

新東京タワーは誰のために建つ

特集・新東京タワー 夢と現実の狭間で 最終回

[私が過去にニュース媒体で出稿した記事の再掲です]

 地上波放送がデジタル方式(地デジ)に完全移行する、2011年に完成予定の新東京タワー。新タワーの建設地に決まった墨田区が誘致を行ったのは、高度成長期に同区の財政を支えた製造業の地方や海外への流出に危機感を抱いたからだ。製造業に加え、観光を中心産業として育成していく方針を打ち出した同区は、 05年2月に東武鉄道とともに新タワー誘致に名乗りを挙げる。候補地はさいたま新都心など15にのぼったが、06年3月には建設地の座を勝ち取った。

建設地に決定した理由の一つとして、事業主体と建設用地が明確であったことが挙げられる。同区は04年11月に、山崎昇区長が区議会本会議で誘致の意思表明を行い、同年12月には同区と地元関係者が東武へ協力要請を行った。06年3月の決定後、東武は資本金4億円を全額出資する事業会社「新東京タワー」を東武本社内に設立。同社は現在、放送事業者との協議の窓口となり、新タワー事業の計画策定を行っている。

なぜ東武が名乗りを上げたか

 ここ数年東京で行われた再開発は、六本木や汐留、表参道など西部の街がほとんど。一方、浅草をはじめとする東部の街を見ると、大規模な再開発とは縁遠い状況だ。新宿や渋谷も合わせると、街の勢いは「西高東低」と言える。

東京東部と関東北部が営業基盤の東武では、この状況に危機感を持っていた。東武に限らず、鉄道の通学定期客は少子化により減少しているため、各社は沿線の観光地などを活用して、いかに定期以外の乗客を増やすかに腐心している。

「東京の都市軸が次第に西南方向へ移っていることに大きな懸念を抱いていたが、(東方向に)引き戻すことなど、とても東武一社の手に負えない」。11月に開かれた地元関係者向けシンポジウムの席上、新東京タワーの宮杉欣也社長は、新タワー建設を契機に、地元と一丸となって「西高東低」を是正したい意向を示した。

同社は新タワーの年間来場者数を、初年度540万人、開業後30年平均を270万人と見込む。仮に540万人のうち200万人の大人が、定期外で浅草駅と最寄りの業平橋駅の間を往復で乗車した場合、運賃の合計額は5億6000万円。500億円と見込まれるタワーの建設費は、展望台の収入や放送事業者からの施設利用料で回収できるとしており、東武にとって定期外客の増加は、増収につながる可能性が高い。また、オフィスビルを併設する計画なので、定期券利用者の増加も見込める。

起爆剤で"爆発"するか

 墨田区は9月、新タワー建設地と周辺地域の計35万平方メートルの将来都市像を描いた「まちづくりグランドデザイン」をまとめた。新タワーを起爆剤に同区を観光都市に変ぼうさせるための将来図だ。

現在、建設地周辺は防災面で不安な地域が多い。道路の道幅が狭く、老朽化した木造家屋が密集する地域もある。同区では下町情緒を残しながら、道路整備や建物の不燃化促進などを行う方針だ。また、建設地沿いを流れる北十間川の整備など、地域の特性を生かしたまちづくりを行っていく。

このほか、同区ゆかりの浮世絵画家・葛飾北斎の作品や資料を展示する「北斎館」を区内に建設する計画があり、グランドデザインの対象地域以外でも観光面でてこ入れが行われる。

誰のために建てるのか

山崎昇・墨田区長は、同区のみならず東京東部全体の活性化を掲げて新タワー誘致を行った。7月からは隣接する区の観光担当が定期的に集まり、連携を模索している。

また、山崎区長は5月に行われた早稲田大学の学生との討論会で、良い街の条件として実際に居住している人数を示す「夜間人口」が多いことを挙げた。新タワーで「住みたい街」としての地位も向上させたいようだ。

企業や行政はそれぞれの思惑で新タワーの誘致を行った。いまのところ、両者が地元へ行う説明を聞く限り、単なる観光地づくりで終わらず、恒久的なまちづくりを目指すようだ。しかし、これを実現するには、多くの住民が企業や行政に対し、賛成・反対を含む明確な意思表示を行っていくことが重要だろう。街の主役は企業でも行政でもない。その街に住む人なのだから。【了】

写真上:11月24日に東武鉄道が発表した新東京タワーのイメージイラスト(提供:東武鉄道)
写真中:墨田区が建設地に決定した理由の一つは、東武が事業主体と建設用地の引き受けを表明したこと。写真は業平橋駅から見た東武所有の新タワー建設地=06年3月15日(撮影:吉川忠行)
写真下:業平橋駅周辺は団地の建つごく普通の住宅地だ=06年6月28日(撮影:吉川忠行)

■特集・新東京タワー 夢と現実の狭間で
第2回 新タワーより高い上海ヒルズ展望台
第1回 台北101と新タワーを比較する

◆

初出:2006年12月02日11時30分 吉川忠行/ライブドア・ニュース

2006-12-25

Xmasイルミネーション&夜景

ケーキ特集も無事終わり、20日から24日まで「イルミネーション&夜景」の特集を行った。
この企画は元々イルミネーションだけでまとめるつもりだった。しかし、ロケハンをしていると「目で見てキレイ=写真でもキレイ」と言えないところがあったり、メジャーな場所だけになるなら無理に5日分撮るよりは3日で終わらせた方が良いんじゃないかと思っていた。

撮りたいように撮ればいい
ある日、デパートの本屋でTIMEとかを立ち読みしていて、ふと思った。

「自分の企画なんだから撮りたいように撮ればいいじゃないか」

変に色々と制約を決めすぎていたと反省し、夜景も絡めた企画に軌道修正した。イルミネーションを3カ所、夜景を2カ所と決め、撮り終えていない夜景はテレコムセンターと池袋 or 新宿とした。

新宿をボツにした理由は、都庁などから都内の高層ビルを絡めた写真を撮る場合、汐留や天王洲などやや遠くのビル群になってしまう。それよりは、池袋から新宿の高層ビル群を撮った方が絵のバランスが良いと考えたからだ。

自分らしさを出したい
もう一つは昨年のツリー特集で中野を入れたように、自分が思い入れのある場所を入れたかった。「撮りたいように撮る」という原点に立ち返って決めた。

池袋は自分の人生に大きな変化を与えてくれた場所であり、卒論で取り上げた場所でもある。そして、サンシャインへは2000年に「空撮の練習」と称してよく行っていた。当時は「いつか新聞社の写真記者としてヘリで撮ってやる」みたいなことを考えていた記憶がある。
残念ながら今回も展望台からではあったが、池袋からの夜景を発表できた。

最終回を六本木ヒルズにしたのも理由がある。
今年を象徴するもので特集を終えたいと考えたからで、単にヒルズのイルミネーションを紹介するのではなく、強制捜査の時によく使われたアングルを載せることで、今年一年を振り返るような形にしたかった。

こんな思いが写真を見た方に伝わったかはわからないが、僕なりに考えた5回の特集であった。

写真は上から、汐留→お台場→横浜→池袋→六本木。

2006-12-20

パティスリー ポタジエ

クリスマスケーキ特集もとうとう最終回。中目黒のパティスリー ポタジエの写真記事を19日に出稿した。
このお店の特徴は野菜スイーツ専門店であること。自然の鮮やかさがあるケーキが、フルーツを使ったケーキとはまた違った美しさがある。

野菜ありきでもない
オーナーパティシエの柿沢さんに聞いたところ、必ずしも野菜ありきで始めたわけでもないようだ。

柿沢さんは野菜を中心にしたレストランで野菜スイーツを出していたことから、このお店の出店につながっていくのだけど、健康によい食材を使う中で、野菜を使ったスイーツが形になっていったらしい。野菜以前に体によい食材という所からスタートしている。

野菜を使うのは自然なこと
スイーツに野菜を使うのは、シェフとして料理を作っているときに野菜でソースを作ったりと、日常的に使っていたことから「自然なこと」だったという。

柿沢さんは7年かけて出来たフルーティーキャロットが果物みたいに甘く、ニンジン嫌いな人でも食べられる味だと言っていた。また、ケーキに使うチョコレートも、いわゆるオーガニックチョコで雑味がなく後味がよいという。今回のクリスマスケーキのクリームには砂糖を使っていないが、野菜のおかげで十分な甘みがあるようだ。

僕もクリスマスケーキではない普通のケーキを買って家で食べたが、素材として野菜を使っていると「やさしい味のする素材」であり、「これは野菜だ」と前面に出すぎることはなかった。野菜のおいしさを巧みなバランスで各所に使っている感じ。

おいしい野菜をケーキに使えば、野菜嫌いな人でも食べてもらえるとの思いもあるようだ。

記事はこちら。
パティスリー ポタジエ ~ブッシュ・ド・ノエル~(06年12月19日掲載)

2006-12-19

コンディトライ・ニシキヤ

クリスマスケーキ特集4日目は、祖師ヶ谷大蔵のコンディトライ・ニシキヤ。初回のタダシヤナギ同様、2005年のバレンタイン特集でお世話になった店だ。

オーナーシェフパティシエの西田さんは、数多くの芸能人の誕生日ケーキを手がけている。そして、我が日本パクチー狂会会長の誕生日ケーキも作ってもらったことがある(頼んだのは僕じゃないけど)。そんな西田さんは今回も取材を快諾してくださった。

地元の人が絶えずやってくる
お店は昭和3年の創業で、喫茶スペースもある街のケーキ屋さんという感じ。地元の人が絶えずやってくるから結構賑やかだ。ケーキがおいしいのはもちろんだけど、コーヒーがうまい。それだけでも行く価値がある。焼き菓子やチョコレートなども自家製だ。

店内には昭和30年代のニシキヤの写真なども飾られており、街と共に育ってきたお店というのが伝わってくる。地元の人にとっては、あって当たり前のお店なんだろう。そういう店の存在は、子供には大きな影響を与えるんじゃないかと思う。

エサではなくメシを食え
今回は近況など世間話をしている時間が長かったが、前回伺った時に印象に残った話がある。西田さんは調理学校でも教えており、そこの学生たちに言った言葉。それが「エサではなくメシを食え」だ。

「そりゃあ、学生だから金がないのはわかるよ。だから吉牛とか行くのもいい。でも、料理をお客さんに出す職業を目指すんだから、時にはホンモノの味を知って欲しいね」。たまには奮発しておいしい料理を食べて、その味を目指して欲しいということだ。

そして、単に食べるだけが食事じゃないともおっしゃっていた。だからこそ、「エサではなくメシを食え」という事だと思う。この言葉を思い出すと、自分のエサどころか栄養摂取にすぎない食生活がすごく情けない。

クリスマス特集が終わったら、おいしいコーヒーを飲みながらおいしいケーキを頂こうと思う。

記事はこちら。
コンディトライ・ニシキヤ ~いちご畑デコレーションケーキ~(06年12月18日掲載)

2006-12-18

ノリエット

クリスマスケーキ特集3日目は下高井戸のノリエット。
この特集ではいわゆる「ケーキ激戦区」から選ぶという視点ではなく、こだわりとか地域に根付いているお店を探して取材をお願いしている。そんな狙いにピッタリなお店だ。

永井シェフは東京出身で、フランスでは6年ほど仕事をしていたそうだ。お店のコンセプトはフランス在住時に抱いた「日本の食文化の危うさ」が根幹にあるように感じた。

フォションなんて金持ちと観光客だけ
「フランスは食文化の守り方がすばらしい」。そう語る永井さんによれば、フランスでは住宅地にフランス菓子屋があり、皆そこでお菓子を買うそうだ。「フォションなんてお金持ちと観光客しかいないんですよ。みんな自分ちの周りでおいしいお菓子が買えるから、そんなことしないんです」と永井さんは日本人のブランド志向と食への意識に疑問を投げかける。

同時にフランスではプレゼント用の特別なお菓子は、高いのが当然という意識があるという。「特別なときに普段と違うものを作るわけだから、当然普通のお菓子と同じ値段にはならない。4倍近くなることがあるけど、それが当たり前って感覚なんです」。これが日本だと「(普通のお菓子の)倍って言ってもひかれちゃうでしょうね」。

近所のフランス菓子屋
ブランド品なら高くても買い、近所のお菓子屋さんだと、たとえそれより安くても普段より高いと特注を躊躇してしまう日本人の価値観。永井さんは自分のお店が、この辺に住む人にとって、家の近くで良質のお菓子が買える「近所のフランス菓子屋」になれればと考えているようだ。ケーキやチョコ、焼き菓子に加えてパンやオリーブも売っている。

「こういう考えをねぇ、僕一人で言っててもねぇー、ダメなんですよ。店にいたってお客さん一人一人にこんな話するわけにもいかないし。マスコミの人に伝えてもらうしか方法無いんです」と自らの哲学を理解してもらうのに苦労されているようだ。

お客さんがケーキを食べて、食生活の幅が広がれば、永井さんの思いは伝わったことになるような気がした。
今回の僕の写真でどれだけの人に永井さんの考えが伝わっただろうか。
住宅街に良い店あるよ!そういう思いで載せた。

記事はこちら。
ノリエット ~ビュッシュ マロン~(06年12月17日掲載)

2006-12-16

近江屋洋菓子店

クリスマスケーキ特集2日目は淡路町の近江屋洋菓子店。
ケーキ以外にも「レーズンウィッチ」というレーズンの入った生クリームをビスケットで挟んだものが有名だ。名前を知らなくてもお菓子を見ると「ここのお菓子か」と思う人もいるのでは。

昭和の喫茶室
お店の雰囲気は「昭和の喫茶室」。吉田さんは4代目だが普通にお店の親父さんという感じだった。淡路町は秋葉原に近く、その秋葉原にはかつて神田市場があった。現在は大田区へ移転したが、吉田さんは昔からずっと毎朝市場に通っているそうだ。ホームページにある「リーズナブルだけどチープではないものを」という意気込みは吉田さんのお話からも伝わってきた。

それゆえ、ほかの店では良質のイチゴが手に入らない時期でも、見つけられることがあるという。また「角ショート」という300円ちょっとのケーキもあり、単に品質だけを求めるのではなく、安くておいしいケーキ作りもやっている。

4代目"店主"
「この間ねぇ、日経だったかな?どこかのショートケーキのアンケート結果でね、うちが載ったんだけどほかの店はみんな名前がカタカナだったよ。こういう名前は今時流行らないからねぇ」。そう話す吉田さんだったが、「ご紹介するときの肩書きはどうしましょう?」と伺うと「近江屋洋菓子店だから、店主がいいかな」とおっしゃった。やはり4代目店主として誇りを持ってケーキ作りをされている。そんな思いが伝わってきた。

この時期のケーキ作りについてはお店の人に「忙しいからといって雑にならないように」と言っているという。そして「良い意味で、期待は裏切れ!おいしければ他のお客さんを連れてきてくれる」との思いも込めているそうだ。

日本のクリスマスケーキの王道はショートケーキだが、そのショートケーキの王道に出会えたお店だった。

記事はこちら。
近江屋洋菓子店 ~クリスマス ショートケーキ~(06年12月16日掲載)

パティスリー タダシ ヤナギ

15日からクリスマスケーキ特集を始めた。
こだわりのお店や地域に根付いたお店を5軒取材した。
第1回目は2005年にバレンタイン特集でお世話になった海老名の「パティスリー タダシ ヤナギ」。

いつも同じ味を保つために
ここは海老名の本店(海老名駅からバスで10分くらい)と、丸井海老名店、東京の八雲店の3店体制だが、材料は同じものを使っているらしい。

海外のチョコレートメーカーなどは、ロットによって味が違うことがあるらしく、場合によってはロットやメーカーを変えたりするそうだ。お酒も果物の出来などで左右されるから同じようなことがあるという。本店でおかしいと思えば各店にそれを伝えたりして味を保っている。

パソコンよりノート
「ノートってねぇ、わかりやすいですよ」。温度や湿度、曜日などで仕込みに色々工夫している柳シェフは最近パソコンから従来のノートでの管理に戻した。「ちょうどノートを広げて見られる情報量がいいんですよ。パソコンだと全部出てこないから」。経理とかでは税理士さんとのやりとりなどで便利らしいが、ケーキ作りは情報をパッと見られるノートのほうが適しているという。

そんなこんなでクリスマスケーキ以外にも僕が聞こうと思っていた事を色々話してくださった。

記事はこちら。
パティスリー タダシ ヤナギ ~プラリネクリスティアン~(06年12月15日掲載)

2006-12-04

新東京タワーの特集記事

12月初旬(今週あたり)と予想していた新東京タワーのデザイン発表が11月24日に行われた。
僕の中では、デザイン発表の日に記事を出して、翌日から特集という流れを考えていたが、24日の段階では特集記事「特集・新東京タワー 夢と現実の狭間で(全3回)」が出来上がってなかったので、急遽11月30日から3日間というスケジュールにした。以前から考えていた台湾の「台北101」(写真)周辺の街並みと、先日発表のあった「上海ヒルズ」をからめて新東京タワーを見つめ直してみた。

ただ、11月中は別の特集の準備を進めていたこともあり、かなりメタメタな日々に。先週は結局別の特集に手をつけられずに終わってしまった。

年内は新タワー関係で大きな発表はもう考えにくい。今回を逃すと特集を出す機会がないので、何とか出せて良かった。そして、半分仕事になってしまった台湾旅行が無駄にならなかったことも良かった。

2006-11-20

女の子に質問しないでください

早朝から夜まで計4件の取材があった。いずれも写真記者としてまわった。
あおぞら銀行日本橋支店→新型スカイライン→ソフトバンク新端末→日本製紙・レンゴー・住商の提携検討入り

撮っては出稿して移動の繰り返しで一日が終わった。経済誌の知人からは「過労死になるんじゃない?」と言われた。確かに普通の会社なら2人位でやる量であろう。
僕らの場合、専任のカメラマンはいないし、記者自体も少数なので会見が重なればペンにしろ写真にしろ掛け持ちでこなすしかない。会社ではなく「学校」なわけだし、勉強になる以上可能な限り取材するのが自分にも仲間にも意味のあることだと思う。

さて、タイトルの件であるが、ソフトバンクモバイルの発表会でのこと。薄型携帯の写真を撮る際に新搭載の「翻訳機能」の画面を出してもらおうとモデルの女の子に聞いたら、発表会を仕切っている会社(恐らくPR会社だろう)のオッサンが「女の子に質問しないでくださいっ!」とやや怒り気味で言ってきた。こんなことは初めてだ。女の子も困惑気味。

普通この手の発表会では女の子がある程度の操作方法は把握しており、撮りたい画面を言うと表示してくれる。わからなければすぐ広報の人を呼ぶ。オッサンは質問するなと言うなら女の子と「質問されたら広報の人を呼んでください」位のことは打ち合わせておくべきだろう。質問するなという以前に自分から広報を呼ぶべきではないか。広報の人はオッサンの声を聞いてすっ飛んできた。

まぁ、ボーダフォン時代から新製品の撮影開始時間にやたら制限を設けたりと携帯3キャリアで一番融通の利かない発表会の仕切りばかりだったので、ある程度仕方ないとは思ったが、決して心証の良いものではない。

次はどんな「予想外」の仕切りをするのだろうか。ある意味楽しみである。

写真は上記の薄型携帯ではなく新型アクオス携帯。

2006-11-14

幼児の指でも挟まないシュレッダー

今年3月に起こった2歳児が指9本を切断する事故を受けて、アイリスオーヤマが改良を施したシュレッダーを発表することを知り、発表会へ行ってきた。

改良点としては紙の投入口を従来より狭くし、投入口から刃先までの距離も長くしたという。これで指が入りにくい+入ってしまっても刃に届きにくい構造になったそうだ。業務用については投入口の周囲に緊急停止装置を付けて手がスイッチにふれれば自動的にモーターが止まる構造になっている。

発表会の説明を聞いていて驚いたのは、今のところ世界中にシュレッダーとしての安全基準が存在しないこと。従来機はアイリスでは玩具の安全基準「ST基準」を基に作っていたという。家庭でのシュレッダーの普及は、おそらくストーカー問題が深刻化した数年前あたりからだと思うが、それにしても何も基準がないってのはいかがなものか。
現在経産省や業界団体では法改正や安全基準の策定を進めているが、ちょっと後手なんじゃないのかと思う。

非上場企業の新製品発表会であったが、社会的にインパクトの大きい事件へのひとつの答えとして報じる意味はあったと思う。

 ◆ ◆ ◆

それにしても、この手の地味なネタは僕の所属社(今回もあえてこの表現を使う)では大きく扱わない。単に会社が新製品を出しただけではなく、社会的に意味のあるニュースなのだが...
現在のサイトの構造上、トピックスにあがらない記事は出した瞬間から「読まれない記事」になる。

こうした記事の必要性を理解できるトピックス担当はすぐ辞めてしまうし、結局芸能ネタとか見出しでクリックされそうなものばかり。マスメディアならぬ「ゲスメディア」街道まっしぐら。ニュース全体の責任者(報道未経験者)に改善を迫ってもまったく効果なし。彼らがやりたいのは報道ではなく「娯楽としてのニュース情報」の提供にすぎない。社会的意義よりもいかにクリックされるかだけ。どちらか一方に偏るのではなく、バランスが大切だと思うが、彼らはそうではないのだろう。

今回の件に限らないが、最近の記事の選び方を見ていると失望感は増す一方。
それでも伝えるべきことは伝えていこうと思う。いつまで続けられるかわからないけど。