ラベル 池袋 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 池袋 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2009-11-14

D3とUltra Wide Heliar 12mm F5.6 SL Aspherical

Voigtlander Ultra Wide Heliar 12mm F5.6 SL Asphericalを、前回掲載のSuper Wide Heliar 15mmと同様、10月にD3と組み合わせて撮ってみました。

やはり周辺部の色にじみなどを考えると、取り付けも含めてあまり実用的ではありません。
ただ、私の持っているレンズは15mmよりは色にじみが少ないようです。


絞りF11、SS 2秒、ISO 200
RAWデータをCapture NX 2.2.0で現像
Photoshop CS4で長辺1024ピクセルにリサイズ

12mmという超広角故、タクシーがリムジンのように伸びてしまってます。
私は12mmも15mmもフジヤの投げ売りで買ったのでまぁいいやという感じですが、これから探して買うほどではないと思います。
どうしても12mmの画角が必要ならシグマの12-24mm F4.5-5.6のほうが実用的でしょう。
純正なら14mmまでになりますが、AF-S 14-24mm F2.8Gということです。

このレンズもミラーアップを要するので、D3への取り付けはメーカーの保証対象外です。
ミラーボックスを傷つけるなどボディやレンズにいかなる問題が生じても、私もメーカーも一切保証しませんのであしからず。

2009-11-08

D3とSuper Wide Heliar 15mm F4.5 SL Aspherical

10月にD3とVoigtlander Super Wide Heliar 15mm F4.5 SL Asphericalを組み合わせて撮りました。
以前にも何度か試し撮りをしましたが、色にじみなどを考えると取り付けも含めて実用的ではありません。

なお、D3にミラーアップを要するレンズの取り付けはメーカーの保証対象外です。
ミラーボックスを傷つけるなどボディやレンズにいかなる問題が生じても、私もメーカーも一切保証しませんのであしからず。


絞りF11、SS 2秒、ISO 200
RAWデータをCapture NX 2.2.0で現像
Photoshop CS4で長辺1024ピクセルにリサイズ

悪くもないけど、良くもないという感じでしょうか。
今ならおとなしくAF-S 14-24mm F2.8Gを使う方が良いように思います。

2009-05-07

池袋三越が閉店

昨日5月6日で池袋三越が閉店しました。
終戦から10年後の1955年に着工、2年後の57年10月1日に開店した同店が51年の歴史に幕を下ろしたわけです。
私はあまり行かなかったのですが、最後の買い物でもと思って、肉を買いに行くついでに閉店式典も見ておきました。

「最後のお客様をお送りするときに『また、いらしてください』と言えなかったのがさみしかった」という店長の挨拶に、本当に閉店してしまうんだな、としみじみ。
駅に直結した西武と東武に比べ、立地と規模の点で不利だったので閉店は仕方ないでしょうが、池袋というダサい街で数少ない高級感のある百貨店だっただけに誠に残念。1Fにあったヴィトンは西武に移る予定ですが、「なんか違うんじゃねーの?」って感じがします。

ちなみに、三越の売り場面積がなぜ狭かったかというと、同時期に進出した丸物(現在のパルコ)に対して地元商店街の反発が強く、三越は当初計画の五割減、丸物は二割六分減の売り場面積となったそうです(豊田薫『東京の地理再発見』、1994年・地歴社刊)。

これまで東京の繁華街は西部が栄える「西高東低」と言われてきたけど、今後は南部が栄える「南高北低」が強まり、いっそう「南北問題」ということが語られると予想されます。
このままだと「南大宮」とか揶揄されかねないんじゃないかと心配になります。

三越の跡地には、2010年にヤマダ電機が入るようですが、これはビックカメラつぶしなのは言うまでもないでしょう。カニバリズムにしかならない気もしますが……。
豪華だった内装は、ヤマダになってもそのままだと思いますが、どうもちぐはぐな気もします。

私が6年前に書いた卒論のテーマは「池袋はなぜダサいのか」で、池袋東口について調べたのですが、そのときに池袋の消費行動の大半は駅周辺とサンシャインシティで行われていて、その中間はスッポリ抜けているということが改めてわかりました。実感としてはあったのですが、調査結果もその通りだったのです。
都内のおしゃれな街はだいたい起点と終点の間も栄えていて、それが街の色になっているのだけど、池袋はそれが欠落しているわけです。

もし、三越が東急ハンズみたいな店を出していたら(=池袋店を改装してたら)、たぶん繁盛していたと思うし、ハンズは今頃撤退なんてことになってたかもしれない。そして、池袋の街としての回遊性がかなり向上していたはず。
でも、ヤマダじゃあそういうことにはならないでしょうね。

しかし同じ「キタカン系量販店」でもコジマやケーズだったら許せるのはなぜなんでしょう。
別にヤマダでいやな思いをしたわけでもなんでもないんですが……。

2009-03-20

池袋西武、WAVE跡地はLoftに

1月12日に閉店した池袋西武12階のWAVE。その跡地に3月20日、Loftの文具売り場がオープンしました。

上りエスカレーター正面が筆記具です。WAVE時代はスポーツや映像資料系DVDがあったあたりです。
従来文具売り場は11階でしたが12階へ移動。現在は11階が工事中となっています。
7月末までLoftのリニューアルが行われるので、11階が改装完了すれば10階の工事スタート、という感じで進んでいくようです。

2009-01-13

池袋東口の卒論から5年

大学で池袋東口に関する卒論「ハレの場になりきれない街・池袋」を書いてはや5年。振り返ると結構池袋東口も変化しています。

04年7月にタクシープール(グリーンプラザ跡地)や、05年4月にふくろう交番(関連記事)ができたりと、駅前の景色が変わったものもありました。

また、ビックカメラが07年4月に池袋東口駅前店をリニューアルして「池袋東口カメラ館」がオープンしたり、ビック・カメラ専門館がリニューアルで池袋東口総合館になったりと、池袋を代表する量販店にも変化がありました。ヤマダ電機もLABI池袋を07年7月にオープンさせましたね。だからビックが改装したって事ですが。そのヤマダ電機は09年5月に閉店となる三越池袋店跡に出店するようです。個人的にはヨドバシの方がいいですけど。

お店関係だと、昨日1月12日で西武池袋店12階のCDショップ「WAVE」が閉店になりました。12日は元スタッフと思われる方が同僚に挨拶に来ていたりと、最終日らしい感じがしました。
昔は今のBEAMSの所にWAVEがまるまる入ったビルがあったりして、かなり規模がでかかったのが印象に残っていますが、それも随分前のことになってしまいました。
お店の方に聞いたところ、WAVE撤退後にCDショップが入ることはないそうで、どのような売り場に変わるかもまだ発表になっていないとのこと。現在西武池袋店は全館改装を順次行っているので、今回の撤退決定も「この影響があるのでは」(前出スタッフ)とのことでした。

他にも、サンシャイン60通り沿いの飲み屋街跡に出来た「ラーメン名作座」が再開発の影響でなくなり、サンシャイン通り中程にある歩道の広い場所もキレイな遊歩道に改装され、車道も速度を出しにくくするためS字状に整備されました。1951(昭和26)年に東口駅前の露天移設でできた「人生横丁」も取り壊しになりました。

今回はざっくりとダラダラ書いてしまいましたが、また機会を見て池袋東口ネタを書いてみようと思います。

2007-02-08

特集・どうなる?新東京タワー(5)

新東京タワー(豊島区・池袋)

[私が過去にニュース媒体で出稿した記事の再掲です]

 豊島区内の新東京タワー建設候補地は、池袋のサンシャインシティの東側に隣
接する独立行政法人・造幣局東京支局の敷地内。同支局では、収集用貨幣である「プルーフ貨幣」と勲章を製造している。その約半分(約1.67ヘクタール)を使って新東京タワーを建設し、残りの土地には造幣局の新工場が建設されることになる。東池袋4丁目地区および南池袋2丁目など、周辺地区の再開発も進められている。

2003年12月、「在京6社新タワー推進プロジェクト」が新東京タワー構想を発表してすぐに、東京商工会議所豊島支部の関係者などで作る「特定非営利活動法人東京アーバンクリエイト21」が誘致活動を開始した。04年9月には区の助役を委員長とする「事業化準備委員会」が設立され、区も誘致活動に参加することになった。05年1月20日に池袋の豊島公会堂で開催された誘致推進大会には、地元選出の国会議員をはじめ、多数の関係者が詰めかけた。

災害時の防災空地のネットワークタワーを形成

事業化準備委員会が用意した事業計画案(概要版)によれば、「21世紀のユビキタス時代の担い手として相応しい、斬新で躍動的なシンボルタワー」は600メートル級で、地上330メートルと450メートルにそれぞれ第1展望室と第2展望室を設置する予定だ(イメージ図は比較表参照)。年間3000万人の集客を誇るサンシャインシティに立つ「サンシャイン60」の展望台の高さは240メートル。新タワーは初年度で300万人の集客を見込んでいる。

東京都土木研究所作成の資料(1987年)によれば、豊島区は武蔵野段丘に位置している。したがって同区は、他の新タワー建設候補地に比べて「地盤液状化」が発生しないという強みを持っている。

新タワーの地上部には防災広場を整備し、新タワーと分離して建設される27階建ての事務所棟(高さ135メートル)の低層階上部にも防災広場ができる。災害時の防災拠点として、サンシャインシティの防災広場とも連結して、防災空き地のネットワークが形成されることになる。

にぎわいの連続性を確保するために

同区が新タワーの誘致活動に力を入れるのにはわけがある。新宿や渋谷などの他の副都心と比べて、相対的に地位が低下しているとみられているからだ。東京都商工指導所が2000年に実施した「大都市消費者の繁華街出向行動の実証分析」などの調査では、まちの回遊性や新奇性の乏しさが指摘されている。

また、池袋は、JR線に加え私鉄2線と地下鉄3線が乗り入れるターミナル駅であるにもかかわらず、いまや通過駅になりつつあるという事情もある。埼京線は大崎まで延び、東武東上線は東京メトロ有楽町線と相互乗り入れになり、宇都宮・前橋方面から新宿を経由して横浜・鎌倉方面まで乗り換えなしで行ける「湘南新宿ライン」が増発されるなど、池袋駅で降りる必要性が低下しているからだ。

池袋駅東口からタワー建設地周辺まで「LRT」と呼ばれる次世代型路面電車を走らせる計画がある。「ケーブルライナー」と呼ばれる小型モノレールを整備する案も浮上している。「にぎわいの連続性」を確保して繁華街としてのマイナスイメージをぬぐい去り、「安心・安全の街づくり」を推進するために、豊島区にとって世界最大級のタワーは、のどから手が出るほど欲しいプロジェクトなのだ。(つづく)

写真:タワー建設予定地の奥には高さ240メートルのサンシャイン60(写真中央)が見える(撮影:吉川忠行)

■特集・どうなる?新東京タワー
最終回 4月には候補地が絞られる
第6回 さいたまタワー(埼玉県・さいたま新都心)
第4回 すみだタワー(墨田区 押上・業平橋)
第3回 新東京タワー(足立区・東六月と舎人)
第2回 台東ワールドタワー(台東区・隅田公園周辺)
第1回 600メートル級タワー、今月末には候補地絞り込みか

◆

初出:2005年03月14日21時03分 吉川忠行/ライブドア・ニュース

2007-02-05

池袋 新東京タワー誘致へ

600メートル級の新東京タワー誘致目指す

[私が過去にニュース媒体で出稿した記事の再掲です]

 20日、首都圏の地上デジタル放送の発信拠点となる新東京タワー(仮称)の誘致実現を目指し、東京・豊島区池袋で誘致推進大会が開かれた。主催は新東京タワー誘致推進協議会と新東京タワー事業化促進豊島区議員連盟。会場には地元選出の国会議員をはじめ、多数の関係者が詰めかけ、会場は立ち見が出るほどで、地元の関心の高さがうかがわれた。

新東京タワーは、現在NHKと在京テレビ局各社がテレビ放送の電波を発信している東京タワーに代わり、地上デジタル放送を発信するほか、災害時の情報発信やテレビ付き携帯電話や車載テレビ向けの放送サービスなども行う。同タワーの高さは、東京タワー(333メートル)の2倍近い約600メートルとし、首都圏全域を強い電波でカバーする。今後在京テレビ各局で構成する「在京6社新タワー推進プロジェクト」がその他の候補地と比較し、今年3月に建設予定地を選定する予定だ。

候補地としては、足立区や墨田区、台東区、さいたま新都心なども名乗りを上げている。交通の便の良さ、地盤の強固さ、航空法の定める建物の高さ制限などが建設地選択の判断基準になるとみられているが、今大会で主催者側は、鉄道や道路などの交通手段が充実している点や、建物の高さ制限が生じる空域制限区域外に位置していることを挙げ、他の候補地よりも新東京タワー建設に適した立地条件であることを強調した。

ライブドア・ニュースの電話取材に対し、墨田区の担当者は「羽田と成田の両空港に電車一本でアクセスできるようになる」と交通の便の良さを力説し、さいたま新都心の担当者は、「建設用地の確保がまもなくできる。さいたまスーパーアリーナなど、周辺施設との連携も考えたい」と語っている。新東京タワーの誘致合戦は大詰めを迎えている。【了】

画像:新東京タワーのイメージ図(提供:豊島区)

◆

初出:2005年01月20日21時02分 吉川忠行/ライブドア・ニュース

2006-12-25

Xmasイルミネーション&夜景

ケーキ特集も無事終わり、20日から24日まで「イルミネーション&夜景」の特集を行った。
この企画は元々イルミネーションだけでまとめるつもりだった。しかし、ロケハンをしていると「目で見てキレイ=写真でもキレイ」と言えないところがあったり、メジャーな場所だけになるなら無理に5日分撮るよりは3日で終わらせた方が良いんじゃないかと思っていた。

撮りたいように撮ればいい
ある日、デパートの本屋でTIMEとかを立ち読みしていて、ふと思った。

「自分の企画なんだから撮りたいように撮ればいいじゃないか」

変に色々と制約を決めすぎていたと反省し、夜景も絡めた企画に軌道修正した。イルミネーションを3カ所、夜景を2カ所と決め、撮り終えていない夜景はテレコムセンターと池袋 or 新宿とした。

新宿をボツにした理由は、都庁などから都内の高層ビルを絡めた写真を撮る場合、汐留や天王洲などやや遠くのビル群になってしまう。それよりは、池袋から新宿の高層ビル群を撮った方が絵のバランスが良いと考えたからだ。

自分らしさを出したい
もう一つは昨年のツリー特集で中野を入れたように、自分が思い入れのある場所を入れたかった。「撮りたいように撮る」という原点に立ち返って決めた。

池袋は自分の人生に大きな変化を与えてくれた場所であり、卒論で取り上げた場所でもある。そして、サンシャインへは2000年に「空撮の練習」と称してよく行っていた。当時は「いつか新聞社の写真記者としてヘリで撮ってやる」みたいなことを考えていた記憶がある。
残念ながら今回も展望台からではあったが、池袋からの夜景を発表できた。

最終回を六本木ヒルズにしたのも理由がある。
今年を象徴するもので特集を終えたいと考えたからで、単にヒルズのイルミネーションを紹介するのではなく、強制捜査の時によく使われたアングルを載せることで、今年一年を振り返るような形にしたかった。

こんな思いが写真を見た方に伝わったかはわからないが、僕なりに考えた5回の特集であった。

写真は上から、汐留→お台場→横浜→池袋→六本木。

2006-05-03

都営池袋アパート

池袋駅北口にある都営池袋アパートの取り壊しが先週あたりから始まった。1950(昭和25)年10月に完成したこのアパートは、数年前から立ち入り禁止状態であったものの、なぜかそのままの状態で放置されていた。景気が上向いてこの辺も再開発でもするのだろうか。

1950年というと現在は東武池袋店となっている「東横百貨店」が開店した年で、2年後の52年に北口が開業している。西武のある東口では51年からヤミ市対策が始まるが、北口も含め西口周辺は1961年に西口マーケットの取り壊しが始まるまでは終戦直後の状態が長く続いていたようだ。その中では、この3階建ての都営住宅は近代的な建物だったのだろう。

池袋という街はここに代表されるような、なんとなく暗い影が街全体にあり、新宿や渋谷とも異なる雰囲気を醸し出している。自分の卒論でも書いた「ハレの場になりきれない繁華街」という印象が強い。しかし、最近東口の「らーめん名作座」とその周辺の店が一斉に閉店するなど、再開発の兆しが見えている。名作座周辺の場合は再開発というよりは明らかに「地上げ」なんじゃないか?とうがった見方をしてしまうような変化だが。

街が時代の流れにそって変化していくのは当然だが、没個性な街に池袋が陥らないことを祈りつつ、ある程度はダサイ繁華街の汚名を返上してもらいたいという複雑な気持ちになった。

2005-04-26

旧・池袋東口交番 その後

パルコ横にあった池袋東口交番は、4/1に「ふくろう交番」としてリニューアルとなったわけですが、じゃあ元々の交番はどうなったか?というと、すでに跡形もないです。

交番の移転直前に電車内で起こった暴行事件のマル目(目撃者の事ね)として、この旧交番に行った私ですが、おまわりさんに「ふくろう交番の開所式、取材するんですよ」と話をしたら、「今日でここ、おしまいなんですよねぇ」と言ってたのが印象深いですね。まさか最後の最後に旧交番に入ることになるとは...

2005-04-02

ふくろう交番

池袋東口の交番がパルコ下から、グリーン大通り沿いのドトール前に移動となりました。
デザインは豊島区内の小中学生から応募があったものを参考にしたとのこと。
これに関連した写真特集をそろそろやる予定。ちなみにココに載ってる写真は取材時のもので、記事にも使いました。ほかのカットを選んで載せようと思ったんですが、面倒なのでやめました。どうせ似たような写真になるし...

注:実際にこの記事を書いているのは4/18の午前2時ですが、池袋の「ふくろう交番」の開所式があったのが4/1なので、投稿時間は4/2にしました。別にわざわざ書くほどじゃないことだけど。

2004-11-03

いまでも車優先なまちづくり -池袋の巻-

僕は池袋東口の定点観測をやってます。
東口には春頃(3月中旬)まで「グリーンプラザ」なる広場がありました。
そこには「大地の像(通称:ソリ像)」というオブジェがありまして、池袋近辺の若人はここに集合して飲みに行ったものです。
しかし「あるもの」が造成されることになって、誰も寄りつけないロータリー中央に追いやられてしまいました。

グリーンプラザは7月から「タクシープール(タクシーの一時待機所)」になってしまいました。これが「あるもの」です。
この場所は1972年のオープン前はバスやタクシーの乗り場だった経緯があり、明治通りの渋滞解消なる名目(ホンネはホームレスの人に出て行ってもらいたかったのでは?)で先祖返りという感じです。

でもあんまりタクシープールが満車になることがないんですよね。
同じ作るにしても、もう少し緑を残すとか方法あったんじゃないかと。
景観がどうこうとか言われる時代になった割には設計が旧態依然としている...
単にタクシーが止まれる所ってのは工夫が足りないっすよ。
一応池袋の"顔"ですからね。

わかりやすい待ち合わせの目印がイッコ減であります。

2004-09-10

池袋よ...

僕にとって幼い頃からもっともなじみのある繁華街は池袋。
その次は銀座。

そんな池袋と銀座、渋谷の3つの街はどんな違いがあり、なんで池袋はイマイチ感が抜けきれないか??なる思いで行きましたよ。大学に。

卒論としてこのテーマを選びましたけど、やはり色々学ぶべきですな。
一つの視点ではなく様々な切り口で捉えられるようになります。

これからは池袋以外の街にも足をつっこみたいです。