2006-07-30

隅田川の花火

金曜に連載が終わって"前期の筆記試験"が終わったような気になっていたが、土曜は実技試験の日という感じだった。隅田川花火大会の花火を撮影し、記事も書かなければならなかったからだ。

いままで花火の写真をまともに撮ったことがなかったので、どう撮れば良いのかはわからず、ひとまず昔買った雑誌に載っていた花火写真家の記事を読んでおいた。

夜7時すぎに撮り始めたが、勢いよく花火が上がっているときは、露出がオーバー気味になり、いい絵になりにくい。適度に勢いがいい時を狙って撮ると、まあまあの出来。

8時半に大会が終わったが、記事をまとめて写真も編集しなければならない。一人二役。記事は予定稿を用意しておいたので、それほど時間を掛けずに書き終わった。その後は「花火大会らしさ」「来年は行きたい」と見た人に感じてもらえる写真を探して送った。

7月の最終週は、月曜日の観光案内所オープンの取材に始まり、火曜から金曜の連載、金曜に新タワーアンケートの中間結果発表、そして花火大会と"すみだWeek"という感じだった。
花火大会が終わった今、やっと僕にとっての前期試験が終わった。来週は少しリラックスできる日々を送りたい。

2006-07-29

連載が終わった

5月から通いつめた早稲田の地域経営ゼミを通して「新東京タワーのことを考える」的な連載を全4回で書いた。内容としては好きなことなので良いが、いざ記事としてまとめようとすると難しいと改めて痛感。

構成を考える段階で、各回で取り上げる事柄は決まっても、どの部分を落とすかが悩ましい。できれば事細かに書きたいが、それをやると本当に長くなってしまう(出した記事も長いと思うし)。学生のみんなにはアンケートに答えてもらったので、極力多く取り上げようと頑張ってはみた。

内容をある程度決めたとはいえ、事前に書くポイントを決めてしまっては、単に記者が狙っている所だけを書くことになってしまう。そうではなく、なるべく自分が経験したり、学生や講師の人たちから出てきたことをありのままに書きつつ、そこから感じられる「地域活性化のキモになる要素」をいかに抽出してまとめるかが課題だろうと思って挑んだ。

次の連載では今回の反省点を生かして、毎日死亡しないように乗り切りたい。

2006-07-24

地味なまちネタ

墨田区の観光案内所ができたので、新東京タワーがらみで取材に行ってきた。
案内所なので新タワーの新材料が出るわけでもなく、地味な記事だ。

こういう地味な内容は読まれる/読まれないでいけば読まれない。
しかし、新タワー建設後のまちづくりなどを考えると、決して無視できるものではない。
観光案内所でどういう商品を取り揃えているか、どの程度の広さなのか、区の施設に入居している小さな企業の製品が紹介されているか...

細かいことになるが、区が新タワーを観光の起爆剤に位置づけている以上、今から小さな動きを見つめていく必要があると思う。
たとえ今読まれなくても、1カ月後、1年後、3年後にこんなことがあったんだという記録を残すのが、新タワーをずっと取材している自分の役目なのだろう。

記事というよりは資料という言葉の方がしっくりくるかもしれないが、これからも地味な話題でも極力記事として残していきたい。

2006-07-23

Google検索を付けてみる

Bloggerに移行以来、エキサイト時代に比べて、カテゴリがなかったり、トラックバックができなかったりと結構不便なブログライフを送っている。正直エキサイトに戻そうかとも考え出す始末。

とりあえずサイドバーにGoogle検索をつけてみた。しかし思っているような検索結果が出ない...
そろそろ「第3のブログ」を真剣に探そうかなぁ。流浪の民生活は終わりそうもない。

2006-07-14

デザイン交番の写真が今夜テレビに!

深夜2時台ですが、昨年私が撮影したデザイン交番の写真が、テレビに出るそうなので告知!

番組名:テレビ東京 Design Channel
放送予定日:7月14日(金)26:45~
内容:公共デザイン(の一部)
番組サイトはこれ

公共デザインだから、デザイン交番がメインというわけではなさそう。
なので数秒しか写らない可能性もなきにしもあらず...

2006-07-11

スカシほか2件

今日は朝の東京地裁からスタート。
宮内の公判があるので9時過ぎに着いた。以前から狙っていた場所を確保し車を待つ。
残念ながら宮内と岡本は顔が撮れる状況ではなかったが、熊谷はタクシーだったので比較的楽なスカシで撮影できた。
しかし、熊谷は今日の公判ではあまり記事になるような発言をしなかったらしく、写真はボツに。

一度社に戻って、昼からは外国特派員協会(FCCJ)へ。
馬英九・台北市長(国民党主席)が講演者で、英語が非常に流暢だったのが印象的。今調べたらハーバード大卒だそうだ。
前日は同じ場所でボブ・サップが会見したが、彼は話が始まるとすぐにマイクを口元に寄せてしまい、結構撮る角度に苦労した。
今日の馬氏もちょっとマイクが近かったが、昨日に比べれば楽な方だった。
FCCJは以前から取材に行く機会が多く、落ち着いて撮影できる。しかし、マイクの位置は始まってからも登壇者が変えてしまう可能性が高く、終わるまでは気が抜けない。

昼食後は日本記者クラブでジュディ・チェン-ホプキンズ国連難民高等弁務官補の講演。
どうやら老眼鏡をかけるらしく、ちょうど目にフレームがかかってしまうのに苦労した。
Q & Aではメガネを外す場面もあったが、だいたい表情がいい時はかけている時で、出稿した写真は結局かけているときのものになった。

ニュースの写真というのは、一見たいしたことないように見えるが、あれこれ工夫した結果として「普通に見える写真」が世に出ていると思っていただければ幸いである。やっぱり、マイクを食べてるような写真などは、見比べてしまうとおかしくみえるものだ。

2006-07-05

Google Spreadsheetsベータ版

Google Spreadsheets(GS)はGoogleが提供するWeb版表計算ソフト。現在はベータ版なので招待制となっており、「Google Account」を作成しておくとGoogle側の用意が整った段階で招待状が送られてくる。登録はこちらから。

使い始めて約1ヶ月経つが、第一印象は動作が重い。これは回線の速度というよりは、サーバー側のレスポンスに依存する問題と考えられる。
GSはCSVやXSL形式のファイルを読み込めるので、Excelなどの表計算ソフトで作ったデータのうち、いつでもどこでも更新したいものを読み込んで使う用途には向いていると思う。反面「Excelの代用品」という使い方は、機能の問題よりもレスポンスの点で現時点ではちょっと厳しいだろう。

僕の場合は、カメラ(EOS-1D Mark II N)のバッテリー充電履歴をExcelで管理しているので、これをGSに読み込んだ。これでどのパソコンからでも履歴を更新できる。

当面はこうした「一度作ったデータを読み込んで更新していく」というスタイルで使っていくのが、ストレスを感じない使い方かな、と思っている。

■Google Spreadsheets関連記事
なぜGoogle SpreadSheetsの機能はライバルに劣るのか(2006.6.23 ITpro)
Ajaxを駆使したWeb表計算「Google Spreadsheets」を日本語環境で試す(2006.6.8 ITpro)
米Google,Webベースの表計算プログラムを限定テスト公開(2006.6.7 ITpro)
Google Spreadsheetsは「プアマンズExcel」(2006.6.7 ITmedia)
「Google Spreadsheetsは10年古い」とMicrosoft(2006.6.7 ITmedia)
「Google Spreadsheets」、順番待ちを避ける裏技は"共有"(2006.6.7 MYCOMジャーナル)
米Google、表計算Webアプリケーション「Google Spreadsheets」ベータ版(2006.6.7 INTERNET Watch)
ウェブベースの表計算プログラム「Google Spreadsheets」、まもなく登場へ(2006.6.7 CNET)
米Google、Web表計算ソフト「Google Spreadsheets」を公開へ(2006.6.6 MYCOMジャーナル)
「Google Spreadsheets」、テスト開始(2006.6.6 ITmedia)

2006-07-02

新しいストラップ

キヤノンのサービスから新しいカメラのストラップが会報と共に送られてきた(
写真上)。以前同社が配っていたものと同じ赤いストラップだが、材質などが変わったらしい。

僕が使っているカメラ(EOS-1D Mark II N)のストラップは、まだ半年くらいしか使ってないのに、5月を過ぎたあたりから、2台ともボロボロになりだした(写真下)。
このことを以前サービスセンターで「付属ストラップは、毎日使ってるとこんなんなっちゃうんですけど、どうにかならないですか」と担当氏に言ったところ、「7月に会報を送るときに新しいストラップも試供品として送るらしいですよ」との情報を得たので、「切れかけストラップ」で我慢していた。ちなみに新ストラップは、昔のをヤフオクなどで転売する人が多かったので、今回は市販もすることにしたらしい。

付属のストラップは布の部分と裏面の滑り止め部分に一体感がなく、「いつかバラバラになるであろう」という予感は買った当初からあった。あと致命的なのが結構滑りやすいこと。
一方、ニコンのサービスから配られたストラップは、一体感があり、ゴアゴア感もなくて滑りにくい。できれば同じもののキヤノンバージョンがあればというのが本音だ。

新ストラップは使い始めたばかりだが、付属品よりは滑らなそうな点はよかった。これでニコン並みの使い心地なら良いのだが...

2006-07-01

Excite Blogから移行

2004年9月からスタートした当ブログ。
ExciteではJava Scriptが使えない、というのを主な理由として、Bloggerへ移行することにした。

ただ、Bloggerでは以下のような不満があるので、今後カスタマイズで対処していく予定。
・カテゴリーがない
・カレンダー表示がない
・トラックバックができない
・「前のページ」「次のページ」ボタンがない

上記はカスタマイズでなんとかなるものもあれば、そうでないものもある。
どうにもならなければ、レンタルサーバー+Movable Typeという組み合わせで再構築するしかないかなぁと考えている。

現状は旧サイトからエントリーをコピー&ペーストしただけ。
なるべく早いうちに手をつけられるところから改良していこうと思う。

2006-06-24

渋谷は市街戦にならず

22日は普通に働き、一度自宅へ戻った後に終電で出社。そして3時にヴェルファーレへ。6時前に敗退が決まって会場を出るにも、エレベーターに乗るまで10分近くかかり、30分後にやっと渋谷に着いた。

交差点からセンター街入り口を見てみると、どうもいざこざっぽい。信号が青に変わると、当事者と思われる外国人がこっちへ向かって警察官にしょっぴかれてくるではないか!
ということで、警官と外国人に突撃。 「ボク ワルイコトシテナイヨ。ドウシテ? Why?」という感じだった。

しばらくすると、先ほどセンター街付近で暴れていた者が警官に噛み付いている。これも大事じゃなかったが、寄って撮る練習になるので突撃するも、他社の食いつきはイマイチ。

その後、7時には機動隊が引き上げ始めたので、しばらくして渋谷を後にした。
特にこれといった騒ぎのない、平和なW杯後であった。

2006-06-14

シンドラー社の会見

「シンドラーの」と言われたら大抵の日本人が「リスト」と答えていたのが、「エレベーター」を思い浮かべるようになってはや数週間。やっとスイスからも幹部がやってきて会見が行われた。

会見の中身はおおかたの報道の通り、遅くなったことについては詫びるが「自社の非は現時点では認めない」というものであった。

この手の会見に慣れてない会社だと、一社あたりの質問の数が無制限だったり、終わる時間が見えなかったりと、“次”がある人間にはやりくりに悩む取材となる。記者の質問に答え続けるのは良いのだが、やっぱり最長で2時間(今回なら7時まで)というのが一つの目安なんじゃないか。

結局AP、ロイター、AFPの主要外国通信社3社のうち、ロイター以外はシンドラーに来た人がパブリックビューイングの取材も入っていたため、1時間半から2時間近く経った時点で引き上げていった。

僕も7時頃に「最後の2問」というから待っていたが、1社がだいたい3問くらい質問するので、「最後の2社」というのが実情。結局は8時前になってしまった。その後も「質問がある以上、全部答えるのが説明責任だ!」という社もおり、まだまだ続きそうな状況だった。

かといって次のW杯関連取材もやらないわけにいかないので、新たに僕らの仲間に加わってくれた記者のKさんを残して先に戻らせてもらった。Kさんが戻ってくると、8時半までやっていたらしい。会見を3時間半もやった会社って僕は初めてだ。

2006-06-09

村上祭り

月曜日は村上ネタ。こういう祭りは個人的に大好きだ。
前日に他社の友人から「結構展開が早いかも」という情報を得たので、朝6時半にはヒルズに着いた。ひとまずレジデンスやレジデンスからタワーへ向かう通路などを一通り見て回った。朝はワイドショーがあるので、絵的にわかりやすいレジデンス前が人気だった。僕はヒルズ内で村上氏を撮る機会はまず無いだろうと思い、強制捜査狙いでタワー正面に3段脚立を置いた。

しばらくすると前述の友人から「11時に東証で会見やるらしい」との情報が入る。
一度会社へ戻り、置きっぱなしにしてある2段脚立を持って下へ降りた。やはり自宅から3段を持ってきて正解だった。そして正面のポイントはまもなく出社する新人Sさんに託し、戦友の域に達した同僚T君と東証へ。

東証に到着すると、クラブが持っている会見室でやるらしく、エライ混雑だった。普段なら50人くらいで満員になる部屋に少なくても200人近くが殺到。僕が着いた時点でまだ中に入れる状況だったが、村上氏は出入りも絵になるので、会見中をどう撮るかは別として、入口で待機した。

11時前には村上氏がやってきた。予想通りもみくちゃになって表れ、会見室に入っていった。さて、入りは撮れたものの、この状況でどう部屋に入るか。
「混んでいたので会見中の写真は撮れませんでした」とはいかないので、身動きがほぼ不能な状況で広角レンズを望遠に交換して記者と記者の頭の間から村上氏の顔をねらう。

♪むちゃくーちゃー じゃーま やっちゅうねん、この頭もあの頭もぉ~♪

こんな替え歌が頭をよぎりながら、なんとか後ろから押されるタイミングを利用して前進し、会見中のお顔を撮ることに成功した(本当に使える写真が撮れていたとわかったのは東証を出てからだが)。しかし、会見は1時間半にもなり、つま先立ちを続けたため、足と背中が異様に痛くなった。

トークライブと言った方がいいような会見を終え、部屋を出るのもまたすごかった。とりあえず出てきたところで顔のアップを撮り、あとは混乱する現場の全景写真を撮った。エレベーターホールまで追わないというのが約束らしいので、今回は約束を守ってみた。まだ一日長いし。次からは守らないかもしれないけど。

大手はその後駐車場から出た車を追跡したらしいが、僕らにはそれは不可能なので、東証の外で写真電送を開始。送り終わってからは六本木へ戻り、新人Sさんと合流。交互に休憩を取った。

休憩後は正面以外のポイントをチェックしたが、変化なし。やはり正面から検察が入る以外には撮れるものが無いと思い、タワーと検察の“入り”を絡められる場所に僕が、タワーの入口にSさんを配置して様子をみることにした。

「25人くらい改札を出たところにいる」。前述の友人が知らせてくれた。やはり正面からタワーに入るようだ。「いま向かった」という連絡からしばらくするとテレビカメラを先頭に、カバンを持ったスーツ姿が見えてきた。正面から撮った後、タワーを絡めて“入り”を撮影。念のためタワーの入口にも向かうが、タワー内の写真を撮ってもメリットがないのでやめる。

強制捜査が始まれば外にいても意味無いので、早々に社へ戻る。何かあれば降りればいいだけなので、こういうときだけは会社の所在地の恩恵を感じる。撮った写真を出してからは、検察が資料を持ち帰るところを撮るために、また下へ降りた。段ボールを積んだ車を撮るだけなので、10時半まで待って動きが無ければ終了ということになった。

結局、決めた時間まで待ったものの、動きが無いのでT君と一杯やって帰ることにする。その後も現場に残った他社の友人たちの情報を総合すると、夜中に出た車がそれだったらしい。

いやいや、長い一日であった。そして長いエントリーであった。

2006-05-21

ニューバランス M2001

土曜日に以前から探していた靴が見つかった。ニューバランスのM2001というモデルだ。3年ほど前から同じもの(写真後方)を履いているが、この1年は特に酷使したためか、かなり傷んできており、自分がまっすぐ立てない状態になっていた。その割に買う予算がないのと店頭で見かけなかったので、姿勢がおかしいものの履き続けていた。

今回はたまたまダメ元で入ってみた店で発見した。色は黒しかなかったが、3年間グレーを履いたし、できれば黒をと思っていたので丁度良かった。金銭的に余裕はないのだが、かなり歩きづらさも限界に達しており、見つけたときに買わないとまた疲れやすい日々を送らなければならないと思って決心した。

値段はハッキリ言って高いが、やはり他の靴とは履き心地が違うのと、長時間歩いても疲れにくい。一日中歩き続ける今の仕事を続ける上で、靴選びはカメラ選びと同じくらい重要だ。一足だけだとヘタりやすいので、金銭的に余裕ができたら海外の通販サイトで買い増したい。

2006-05-17

コリャすごい

民団と総連の会談を取材した。当初の予定ではビッグサイトへ行くことになっていたが、会場へ向かう電車の中で同期2人とメールのやりとりをして役割分担を決めた。うまい具合に連絡が取れたため、開始時間にも間に合った。先遣隊となったT君が会場の状況報告とデジカメで動画、Kさんが記事、僕が写真という分担になった。あうんの呼吸で動ける仲間と仕事をできるのはうれしい。

会談の内容について触れる人は多いと思うので、僕は韓国メディアと日本メディアの取材手法について気付いた点を書いてみたい。特段目新しいことではないが、お国柄の違いを国内で実感できた貴重な体験であった。

総連本部に着くと、当然ながら韓国メディアが相当数来ている。報道陣が多いのは見慣れているが、彼らの取材手法がすごかった。とにかく民団のハ中央団長や総連のソ議長達に突っ込んでいくのだ。両団体関係者の記念撮影が始まる頃には大混乱になった。

日本のメディアも同様のことをするが、混乱が生じると声を出し合い、皆で一度少し下がるのが普通。あまり相手に寄りすぎると結果的に誰も撮れなくなるからだ。でも韓国の人たちは突撃体制のままである。また、日本人なら割り込まれると腹を立てるが、彼らは割り込まれたら自分もより撮りやすい場所に移動する感じだった。まぁ、つまらないケンカをするより、このほうが良い気がする。

日韓双方のメディアの印象をまとめると、日本メディアの場合、まず各社に問題のない状態にして、後は各自競争するというイメージ。韓国メディアは最初から競争と感じた。とにかく彼らは熱く取材していた。これが国民性の違いなのだろう。しかし総連の中は蒸し暑かった。

2006-05-16

ワードロンダリング

以前から言葉の使い方一つで、本来好ましくない行為が、さほど罪悪感のない行為として、世の中で受け取られていると感じていることがある。その一つがサラ金業界がよく使う「キャッシング」という言葉だ。

カタカナにすると悲壮感とか暗い感じが伝わってこないが、要は「借金」。同じように「援助交際」だって交際ではなく「売春(買春)」である。こうした言葉のマジックを僕は「ワードロンダリング」と呼んでいる。まぁ、「マネーロンダリング(資金洗浄)」の言葉版ってことでこう名付けたけど、サラ金のCMを見てると「イメージロンダリング」なのかなぁ、とも思う。

どっちにしても、物事の本質を見失うような細工がメディアを通じて行われているのはいかがなものか。今回のアイフルの件にしても、ほとぼりが冷めれば業界全体でCM出稿量は元に戻るだろうし、世間も安易に借金をするリスクをどれだけ考え直すかと言えば、さほど真剣には考えていないのではないか。

結局個人の倫理観になるわけだが、こうした事件を契機に本来好ましくない行為を見つめ直す動きがあまりないことが、アイフルの決算会見を取材している時に少々心配になった。

2006-05-14

タイフェスを本当に食べ尽くす

13~14日の2日間、代々木公園で開かれたタイフェスティバルに、日本パクチー狂会の会員として参加した。出展している全38店の料理を食べ尽くす企画「タイフェスを食べつくせ!」を実行し、写真に残すためだ。

初日の13日は雨+肌寒い天候で歩道橋の下を陣取って参加。こんな天気なのに結構人が来ているのも驚いたが、狂会の陣地にも多くの知人や知人が連れてきた人がやってきて、楽しい宴であった。僕と数名は夕方からビールの名店・両国「ポパイ」での麦酒部の飲み会に行くことになっていたが、悪天候だったこともあり、狂会全体で移動することに。ポパイでも数ヶ月ぶりにあう人と会話とビールを楽しんだ。

14日は昨日食べられなかった店を食べ尽くすことに。好天に恵まれたため、前日の3倍近い人が来ていた。こんなにタイ好きが多いのかと思うと同時に、両日を通じてタイの人を多く見かけた。

狂会が食べ尽くした結果、一番おいしかった店が「CHAOTHAI(チャオタイ)」(写真上)、パクチーに対して最も理解のある店が「プラトーン(webはなし)」(下)に決定した。決定後はお店を再訪してご報告し、記念撮影を行った。

それにしても、パクチーというものを通じて、これほど人付き合いができるとはすごいと思った。
会長の活動力と人脈によるところも結構あるが、それにしてもパクチーは偉大だ。

2006-05-03

都営池袋アパート

池袋駅北口にある都営池袋アパートの取り壊しが先週あたりから始まった。1950(昭和25)年10月に完成したこのアパートは、数年前から立ち入り禁止状態であったものの、なぜかそのままの状態で放置されていた。景気が上向いてこの辺も再開発でもするのだろうか。

1950年というと現在は東武池袋店となっている「東横百貨店」が開店した年で、2年後の52年に北口が開業している。西武のある東口では51年からヤミ市対策が始まるが、北口も含め西口周辺は1961年に西口マーケットの取り壊しが始まるまでは終戦直後の状態が長く続いていたようだ。その中では、この3階建ての都営住宅は近代的な建物だったのだろう。

池袋という街はここに代表されるような、なんとなく暗い影が街全体にあり、新宿や渋谷とも異なる雰囲気を醸し出している。自分の卒論でも書いた「ハレの場になりきれない繁華街」という印象が強い。しかし、最近東口の「らーめん名作座」とその周辺の店が一斉に閉店するなど、再開発の兆しが見えている。名作座周辺の場合は再開発というよりは明らかに「地上げ」なんじゃないか?とうがった見方をしてしまうような変化だが。

街が時代の流れにそって変化していくのは当然だが、没個性な街に池袋が陥らないことを祈りつつ、ある程度はダサイ繁華街の汚名を返上してもらいたいという複雑な気持ちになった。

2006-04-30

またしても雨の小菅

堀江被告が保釈される見通しになったので、27日は朝6時半には東京拘置所前に着いた。今回も天気が良くない。着いた頃には雨がぱらつき始めていた。あたりを見ると、やはり他の被告とは異なり、早朝なのに脚立の数が多い。前夜、保釈後に拘置所前で会見をすると聞いていたが、そのまま車が出ていってしまう可能性もゼロではないので、ひとまずいつもの場所に2段脚立を置いた。

前回(熊谷保釈時)雨で大変な思いをしたので、前日にノースフェースのレインコートを購入しておいたが、これが体力と気力の温存に役だった。多少高くても快適に長時間過ごせる方が大切だからだ。靴も前夜に撥水スプレーをかけまくったので、水がすぐには滲みてこない。カメラやバッグもビニール袋で覆ったため、雨の心配は不要だ。

昼ごろになると、そろそろ保釈決定の一報が来るかなと思ったが、まったく来ない。場が閉まる3時を過ぎても変化がないので、これはまた明日来なければならないのかなぁ、という空気になる。この段階でひとまず拘置所前の写真を電送して、現状を報じる記事が出た。

結局7時頃に決定の連絡が入り、ある意味一安心。最後まで会見がどうなるかが揺れたが、最終的には門内であいさつしておしまいという事に落ち着いた。中村→宮内→熊谷とスカシ撮りをやってきたので、堀江も同様に門から出た車内を撮って、「4部作」は完結となった。

2006-04-15

初のコラージュ作成

上場廃止に関するまとめ記事用に名刺の写真を撮った。撮ったはいいけど、なんか絵的に間延びしてしまうので、どうにかならないかなぁと考えていた所、ある人物のあるポーズの写真を思い出した。

試しに名刺の写真に重ねてみた所、結構バランスがとれた。前々からまとめ記事にはコラージュも使ってみたいと思っていたので、実用第一弾として出稿してみた。まだまだコラージュの出来は不満足だが、これからも挑戦していきたい。

2006-04-14

株価ボード

1月16日以降、大きな株価の動きがありそうな時は、証券会社前にある株価ボードを撮ってきた。最終週となる10日から13日までの4日間は、ずいぶん前からすべて写真を撮ろうと決めていた。後は何日目にどこで撮るかを決めるだけだった。

4/10 雨の中、東京駅八重洲口にある新光証券前で撮影。ここは株価ボードのほか、ニュースが流れる電光掲示板があるので、2パターン撮れる。雨で傘を差している人が行き交っていたので、電光掲示板を撮った方を使うことにした。

4/11 前日が八重洲口だったので、この日は丸の内にある三菱UFJ証券前で撮影。ここは終値以外も表示されるので若干わかりにくいが、なかなか4753が表示されるボードが無いので貴重な存在だった。見つけ出すまで苦労したけど。

4/12 再び八重洲口の新光証券前。今回は株価ボードにした。このボードも事件になった頃は4753を表示していなかったが、しばらくして表示されるようになった。ただ、表示位置がかなり下の方なので、かばんを持った人が来るのを待つことが多かった。やっぱり株価ボードを見ている人がいることを想起させる絵柄にしないと、単に株価ボードを撮っただけの写真になってしまうから、この辺はこだわってみた。

4/13 取引最終日は東証で撮ると決めていた。11日に別件で東証に来た際に、職員の人から13日は撮影用に「サービス」があるらしいと聞いていた。
当日朝電話すると、「サービス」の詳細を説明してくれた。通常は午後3時に場が閉まってから、東証内の電光掲示板は約2時間かけて全銘柄を表示するのだが、4753までは早送り、直前にスピードダウン、再度早送りと、終値を2回撮れるようにするというものだった。記事では2回目に撮ったものが2枚(株価だけの記事と、まとめ記事)使われたが、1回目に撮ったのが右上の写真だ。

これでしばらく別の問題企業が出てこない限り、個別の株価を撮ることはないだろう。あとは日経平均ぐらいだろうし。
しかし、なんで最近生放送を始めた人たちは取引最終日すら自分たちで取材しなかったんだろう。千人以上の株主が訴訟を起こすほどの大事件なんだから、東証なり街中で取材すべきなんじゃないかなぁと、人様のことながら考えてしまった。