2006-07-02

新しいストラップ

キヤノンのサービスから新しいカメラのストラップが会報と共に送られてきた(
写真上)。以前同社が配っていたものと同じ赤いストラップだが、材質などが変わったらしい。

僕が使っているカメラ(EOS-1D Mark II N)のストラップは、まだ半年くらいしか使ってないのに、5月を過ぎたあたりから、2台ともボロボロになりだした(写真下)。
このことを以前サービスセンターで「付属ストラップは、毎日使ってるとこんなんなっちゃうんですけど、どうにかならないですか」と担当氏に言ったところ、「7月に会報を送るときに新しいストラップも試供品として送るらしいですよ」との情報を得たので、「切れかけストラップ」で我慢していた。ちなみに新ストラップは、昔のをヤフオクなどで転売する人が多かったので、今回は市販もすることにしたらしい。

付属のストラップは布の部分と裏面の滑り止め部分に一体感がなく、「いつかバラバラになるであろう」という予感は買った当初からあった。あと致命的なのが結構滑りやすいこと。
一方、ニコンのサービスから配られたストラップは、一体感があり、ゴアゴア感もなくて滑りにくい。できれば同じもののキヤノンバージョンがあればというのが本音だ。

新ストラップは使い始めたばかりだが、付属品よりは滑らなそうな点はよかった。これでニコン並みの使い心地なら良いのだが...

2006-07-01

Excite Blogから移行

2004年9月からスタートした当ブログ。
ExciteではJava Scriptが使えない、というのを主な理由として、Bloggerへ移行することにした。

ただ、Bloggerでは以下のような不満があるので、今後カスタマイズで対処していく予定。
・カテゴリーがない
・カレンダー表示がない
・トラックバックができない
・「前のページ」「次のページ」ボタンがない

上記はカスタマイズでなんとかなるものもあれば、そうでないものもある。
どうにもならなければ、レンタルサーバー+Movable Typeという組み合わせで再構築するしかないかなぁと考えている。

現状は旧サイトからエントリーをコピー&ペーストしただけ。
なるべく早いうちに手をつけられるところから改良していこうと思う。

2006-06-24

渋谷は市街戦にならず

22日は普通に働き、一度自宅へ戻った後に終電で出社。そして3時にヴェルファーレへ。6時前に敗退が決まって会場を出るにも、エレベーターに乗るまで10分近くかかり、30分後にやっと渋谷に着いた。

交差点からセンター街入り口を見てみると、どうもいざこざっぽい。信号が青に変わると、当事者と思われる外国人がこっちへ向かって警察官にしょっぴかれてくるではないか!
ということで、警官と外国人に突撃。 「ボク ワルイコトシテナイヨ。ドウシテ? Why?」という感じだった。

しばらくすると、先ほどセンター街付近で暴れていた者が警官に噛み付いている。これも大事じゃなかったが、寄って撮る練習になるので突撃するも、他社の食いつきはイマイチ。

その後、7時には機動隊が引き上げ始めたので、しばらくして渋谷を後にした。
特にこれといった騒ぎのない、平和なW杯後であった。

2006-06-14

シンドラー社の会見

「シンドラーの」と言われたら大抵の日本人が「リスト」と答えていたのが、「エレベーター」を思い浮かべるようになってはや数週間。やっとスイスからも幹部がやってきて会見が行われた。

会見の中身はおおかたの報道の通り、遅くなったことについては詫びるが「自社の非は現時点では認めない」というものであった。

この手の会見に慣れてない会社だと、一社あたりの質問の数が無制限だったり、終わる時間が見えなかったりと、“次”がある人間にはやりくりに悩む取材となる。記者の質問に答え続けるのは良いのだが、やっぱり最長で2時間(今回なら7時まで)というのが一つの目安なんじゃないか。

結局AP、ロイター、AFPの主要外国通信社3社のうち、ロイター以外はシンドラーに来た人がパブリックビューイングの取材も入っていたため、1時間半から2時間近く経った時点で引き上げていった。

僕も7時頃に「最後の2問」というから待っていたが、1社がだいたい3問くらい質問するので、「最後の2社」というのが実情。結局は8時前になってしまった。その後も「質問がある以上、全部答えるのが説明責任だ!」という社もおり、まだまだ続きそうな状況だった。

かといって次のW杯関連取材もやらないわけにいかないので、新たに僕らの仲間に加わってくれた記者のKさんを残して先に戻らせてもらった。Kさんが戻ってくると、8時半までやっていたらしい。会見を3時間半もやった会社って僕は初めてだ。

2006-06-09

村上祭り

月曜日は村上ネタ。こういう祭りは個人的に大好きだ。
前日に他社の友人から「結構展開が早いかも」という情報を得たので、朝6時半にはヒルズに着いた。ひとまずレジデンスやレジデンスからタワーへ向かう通路などを一通り見て回った。朝はワイドショーがあるので、絵的にわかりやすいレジデンス前が人気だった。僕はヒルズ内で村上氏を撮る機会はまず無いだろうと思い、強制捜査狙いでタワー正面に3段脚立を置いた。

しばらくすると前述の友人から「11時に東証で会見やるらしい」との情報が入る。
一度会社へ戻り、置きっぱなしにしてある2段脚立を持って下へ降りた。やはり自宅から3段を持ってきて正解だった。そして正面のポイントはまもなく出社する新人Sさんに託し、戦友の域に達した同僚T君と東証へ。

東証に到着すると、クラブが持っている会見室でやるらしく、エライ混雑だった。普段なら50人くらいで満員になる部屋に少なくても200人近くが殺到。僕が着いた時点でまだ中に入れる状況だったが、村上氏は出入りも絵になるので、会見中をどう撮るかは別として、入口で待機した。

11時前には村上氏がやってきた。予想通りもみくちゃになって表れ、会見室に入っていった。さて、入りは撮れたものの、この状況でどう部屋に入るか。
「混んでいたので会見中の写真は撮れませんでした」とはいかないので、身動きがほぼ不能な状況で広角レンズを望遠に交換して記者と記者の頭の間から村上氏の顔をねらう。

♪むちゃくーちゃー じゃーま やっちゅうねん、この頭もあの頭もぉ~♪

こんな替え歌が頭をよぎりながら、なんとか後ろから押されるタイミングを利用して前進し、会見中のお顔を撮ることに成功した(本当に使える写真が撮れていたとわかったのは東証を出てからだが)。しかし、会見は1時間半にもなり、つま先立ちを続けたため、足と背中が異様に痛くなった。

トークライブと言った方がいいような会見を終え、部屋を出るのもまたすごかった。とりあえず出てきたところで顔のアップを撮り、あとは混乱する現場の全景写真を撮った。エレベーターホールまで追わないというのが約束らしいので、今回は約束を守ってみた。まだ一日長いし。次からは守らないかもしれないけど。

大手はその後駐車場から出た車を追跡したらしいが、僕らにはそれは不可能なので、東証の外で写真電送を開始。送り終わってからは六本木へ戻り、新人Sさんと合流。交互に休憩を取った。

休憩後は正面以外のポイントをチェックしたが、変化なし。やはり正面から検察が入る以外には撮れるものが無いと思い、タワーと検察の“入り”を絡められる場所に僕が、タワーの入口にSさんを配置して様子をみることにした。

「25人くらい改札を出たところにいる」。前述の友人が知らせてくれた。やはり正面からタワーに入るようだ。「いま向かった」という連絡からしばらくするとテレビカメラを先頭に、カバンを持ったスーツ姿が見えてきた。正面から撮った後、タワーを絡めて“入り”を撮影。念のためタワーの入口にも向かうが、タワー内の写真を撮ってもメリットがないのでやめる。

強制捜査が始まれば外にいても意味無いので、早々に社へ戻る。何かあれば降りればいいだけなので、こういうときだけは会社の所在地の恩恵を感じる。撮った写真を出してからは、検察が資料を持ち帰るところを撮るために、また下へ降りた。段ボールを積んだ車を撮るだけなので、10時半まで待って動きが無ければ終了ということになった。

結局、決めた時間まで待ったものの、動きが無いのでT君と一杯やって帰ることにする。その後も現場に残った他社の友人たちの情報を総合すると、夜中に出た車がそれだったらしい。

いやいや、長い一日であった。そして長いエントリーであった。

2006-05-21

ニューバランス M2001

土曜日に以前から探していた靴が見つかった。ニューバランスのM2001というモデルだ。3年ほど前から同じもの(写真後方)を履いているが、この1年は特に酷使したためか、かなり傷んできており、自分がまっすぐ立てない状態になっていた。その割に買う予算がないのと店頭で見かけなかったので、姿勢がおかしいものの履き続けていた。

今回はたまたまダメ元で入ってみた店で発見した。色は黒しかなかったが、3年間グレーを履いたし、できれば黒をと思っていたので丁度良かった。金銭的に余裕はないのだが、かなり歩きづらさも限界に達しており、見つけたときに買わないとまた疲れやすい日々を送らなければならないと思って決心した。

値段はハッキリ言って高いが、やはり他の靴とは履き心地が違うのと、長時間歩いても疲れにくい。一日中歩き続ける今の仕事を続ける上で、靴選びはカメラ選びと同じくらい重要だ。一足だけだとヘタりやすいので、金銭的に余裕ができたら海外の通販サイトで買い増したい。

2006-05-17

コリャすごい

民団と総連の会談を取材した。当初の予定ではビッグサイトへ行くことになっていたが、会場へ向かう電車の中で同期2人とメールのやりとりをして役割分担を決めた。うまい具合に連絡が取れたため、開始時間にも間に合った。先遣隊となったT君が会場の状況報告とデジカメで動画、Kさんが記事、僕が写真という分担になった。あうんの呼吸で動ける仲間と仕事をできるのはうれしい。

会談の内容について触れる人は多いと思うので、僕は韓国メディアと日本メディアの取材手法について気付いた点を書いてみたい。特段目新しいことではないが、お国柄の違いを国内で実感できた貴重な体験であった。

総連本部に着くと、当然ながら韓国メディアが相当数来ている。報道陣が多いのは見慣れているが、彼らの取材手法がすごかった。とにかく民団のハ中央団長や総連のソ議長達に突っ込んでいくのだ。両団体関係者の記念撮影が始まる頃には大混乱になった。

日本のメディアも同様のことをするが、混乱が生じると声を出し合い、皆で一度少し下がるのが普通。あまり相手に寄りすぎると結果的に誰も撮れなくなるからだ。でも韓国の人たちは突撃体制のままである。また、日本人なら割り込まれると腹を立てるが、彼らは割り込まれたら自分もより撮りやすい場所に移動する感じだった。まぁ、つまらないケンカをするより、このほうが良い気がする。

日韓双方のメディアの印象をまとめると、日本メディアの場合、まず各社に問題のない状態にして、後は各自競争するというイメージ。韓国メディアは最初から競争と感じた。とにかく彼らは熱く取材していた。これが国民性の違いなのだろう。しかし総連の中は蒸し暑かった。

2006-05-16

ワードロンダリング

以前から言葉の使い方一つで、本来好ましくない行為が、さほど罪悪感のない行為として、世の中で受け取られていると感じていることがある。その一つがサラ金業界がよく使う「キャッシング」という言葉だ。

カタカナにすると悲壮感とか暗い感じが伝わってこないが、要は「借金」。同じように「援助交際」だって交際ではなく「売春(買春)」である。こうした言葉のマジックを僕は「ワードロンダリング」と呼んでいる。まぁ、「マネーロンダリング(資金洗浄)」の言葉版ってことでこう名付けたけど、サラ金のCMを見てると「イメージロンダリング」なのかなぁ、とも思う。

どっちにしても、物事の本質を見失うような細工がメディアを通じて行われているのはいかがなものか。今回のアイフルの件にしても、ほとぼりが冷めれば業界全体でCM出稿量は元に戻るだろうし、世間も安易に借金をするリスクをどれだけ考え直すかと言えば、さほど真剣には考えていないのではないか。

結局個人の倫理観になるわけだが、こうした事件を契機に本来好ましくない行為を見つめ直す動きがあまりないことが、アイフルの決算会見を取材している時に少々心配になった。

2006-05-14

タイフェスを本当に食べ尽くす

13~14日の2日間、代々木公園で開かれたタイフェスティバルに、日本パクチー狂会の会員として参加した。出展している全38店の料理を食べ尽くす企画「タイフェスを食べつくせ!」を実行し、写真に残すためだ。

初日の13日は雨+肌寒い天候で歩道橋の下を陣取って参加。こんな天気なのに結構人が来ているのも驚いたが、狂会の陣地にも多くの知人や知人が連れてきた人がやってきて、楽しい宴であった。僕と数名は夕方からビールの名店・両国「ポパイ」での麦酒部の飲み会に行くことになっていたが、悪天候だったこともあり、狂会全体で移動することに。ポパイでも数ヶ月ぶりにあう人と会話とビールを楽しんだ。

14日は昨日食べられなかった店を食べ尽くすことに。好天に恵まれたため、前日の3倍近い人が来ていた。こんなにタイ好きが多いのかと思うと同時に、両日を通じてタイの人を多く見かけた。

狂会が食べ尽くした結果、一番おいしかった店が「CHAOTHAI(チャオタイ)」(写真上)、パクチーに対して最も理解のある店が「プラトーン(webはなし)」(下)に決定した。決定後はお店を再訪してご報告し、記念撮影を行った。

それにしても、パクチーというものを通じて、これほど人付き合いができるとはすごいと思った。
会長の活動力と人脈によるところも結構あるが、それにしてもパクチーは偉大だ。

2006-05-03

都営池袋アパート

池袋駅北口にある都営池袋アパートの取り壊しが先週あたりから始まった。1950(昭和25)年10月に完成したこのアパートは、数年前から立ち入り禁止状態であったものの、なぜかそのままの状態で放置されていた。景気が上向いてこの辺も再開発でもするのだろうか。

1950年というと現在は東武池袋店となっている「東横百貨店」が開店した年で、2年後の52年に北口が開業している。西武のある東口では51年からヤミ市対策が始まるが、北口も含め西口周辺は1961年に西口マーケットの取り壊しが始まるまでは終戦直後の状態が長く続いていたようだ。その中では、この3階建ての都営住宅は近代的な建物だったのだろう。

池袋という街はここに代表されるような、なんとなく暗い影が街全体にあり、新宿や渋谷とも異なる雰囲気を醸し出している。自分の卒論でも書いた「ハレの場になりきれない繁華街」という印象が強い。しかし、最近東口の「らーめん名作座」とその周辺の店が一斉に閉店するなど、再開発の兆しが見えている。名作座周辺の場合は再開発というよりは明らかに「地上げ」なんじゃないか?とうがった見方をしてしまうような変化だが。

街が時代の流れにそって変化していくのは当然だが、没個性な街に池袋が陥らないことを祈りつつ、ある程度はダサイ繁華街の汚名を返上してもらいたいという複雑な気持ちになった。

2006-04-30

またしても雨の小菅

堀江被告が保釈される見通しになったので、27日は朝6時半には東京拘置所前に着いた。今回も天気が良くない。着いた頃には雨がぱらつき始めていた。あたりを見ると、やはり他の被告とは異なり、早朝なのに脚立の数が多い。前夜、保釈後に拘置所前で会見をすると聞いていたが、そのまま車が出ていってしまう可能性もゼロではないので、ひとまずいつもの場所に2段脚立を置いた。

前回(熊谷保釈時)雨で大変な思いをしたので、前日にノースフェースのレインコートを購入しておいたが、これが体力と気力の温存に役だった。多少高くても快適に長時間過ごせる方が大切だからだ。靴も前夜に撥水スプレーをかけまくったので、水がすぐには滲みてこない。カメラやバッグもビニール袋で覆ったため、雨の心配は不要だ。

昼ごろになると、そろそろ保釈決定の一報が来るかなと思ったが、まったく来ない。場が閉まる3時を過ぎても変化がないので、これはまた明日来なければならないのかなぁ、という空気になる。この段階でひとまず拘置所前の写真を電送して、現状を報じる記事が出た。

結局7時頃に決定の連絡が入り、ある意味一安心。最後まで会見がどうなるかが揺れたが、最終的には門内であいさつしておしまいという事に落ち着いた。中村→宮内→熊谷とスカシ撮りをやってきたので、堀江も同様に門から出た車内を撮って、「4部作」は完結となった。

2006-04-15

初のコラージュ作成

上場廃止に関するまとめ記事用に名刺の写真を撮った。撮ったはいいけど、なんか絵的に間延びしてしまうので、どうにかならないかなぁと考えていた所、ある人物のあるポーズの写真を思い出した。

試しに名刺の写真に重ねてみた所、結構バランスがとれた。前々からまとめ記事にはコラージュも使ってみたいと思っていたので、実用第一弾として出稿してみた。まだまだコラージュの出来は不満足だが、これからも挑戦していきたい。

2006-04-14

株価ボード

1月16日以降、大きな株価の動きがありそうな時は、証券会社前にある株価ボードを撮ってきた。最終週となる10日から13日までの4日間は、ずいぶん前からすべて写真を撮ろうと決めていた。後は何日目にどこで撮るかを決めるだけだった。

4/10 雨の中、東京駅八重洲口にある新光証券前で撮影。ここは株価ボードのほか、ニュースが流れる電光掲示板があるので、2パターン撮れる。雨で傘を差している人が行き交っていたので、電光掲示板を撮った方を使うことにした。

4/11 前日が八重洲口だったので、この日は丸の内にある三菱UFJ証券前で撮影。ここは終値以外も表示されるので若干わかりにくいが、なかなか4753が表示されるボードが無いので貴重な存在だった。見つけ出すまで苦労したけど。

4/12 再び八重洲口の新光証券前。今回は株価ボードにした。このボードも事件になった頃は4753を表示していなかったが、しばらくして表示されるようになった。ただ、表示位置がかなり下の方なので、かばんを持った人が来るのを待つことが多かった。やっぱり株価ボードを見ている人がいることを想起させる絵柄にしないと、単に株価ボードを撮っただけの写真になってしまうから、この辺はこだわってみた。

4/13 取引最終日は東証で撮ると決めていた。11日に別件で東証に来た際に、職員の人から13日は撮影用に「サービス」があるらしいと聞いていた。
当日朝電話すると、「サービス」の詳細を説明してくれた。通常は午後3時に場が閉まってから、東証内の電光掲示板は約2時間かけて全銘柄を表示するのだが、4753までは早送り、直前にスピードダウン、再度早送りと、終値を2回撮れるようにするというものだった。記事では2回目に撮ったものが2枚(株価だけの記事と、まとめ記事)使われたが、1回目に撮ったのが右上の写真だ。

これでしばらく別の問題企業が出てこない限り、個別の株価を撮ることはないだろう。あとは日経平均ぐらいだろうし。
しかし、なんで最近生放送を始めた人たちは取引最終日すら自分たちで取材しなかったんだろう。千人以上の株主が訴訟を起こすほどの大事件なんだから、東証なり街中で取材すべきなんじゃないかなぁと、人様のことながら考えてしまった。

2006-04-10

D2Hs→EOS-1D Mark II N 半年経過

2005年10月からEOS-1D Mark II N(以下Mark II N)を使い始めてはや半年。
Mark II Nの長所や短所をまとめてみたい。

---長所---
・感度をISO100-1600のどこに設定しても問題ない画質
・天井バウンスでスピードライトを使っても色調が大きく崩れない
・オートホワイトバランスが概ね正確
・クロスセンサー以外のAFセンサーも結構正確
・ほぼレンズのオリジナル画角で使えるAPS-Hサイズのセンサー
・トリミングしても余裕のある800万画素
・意外と長持ちするニッケル水素電池
・構えやすいボディー
・アダプターを使えばNikonのレンズが使える

---短所---
・突如Err01が表示されて撮影不能になる(主に接点不良が原因)
・暗部ですぐに迷うAF
・AEがあまり信用できない(結局マニュアルしか使ってない)
・ISO感度、撮影可能枚数、撮影枚数のうち、2つしか液晶に表示できない
・スクリーンをEc-Sに替えないとピントのヤマがつかみにくいファインダー
・D2Hsと比較して長いレリーズタイムラグ
・縦位置写真の表示を「モニターでは横、PCでは縦」にできない
 (D2HsやEOS 30Dは可能)
・スピードライトを装着するアクセサリーシューが3か月経つと
 ガタガタになる
・ファインダーにゴミが入りやすい(D2Hsも同様の傾向あり)
・付属のストラップが肩から滑りやすい(NPSのストラップだと
 同じ服装でも滑りにくい)

結局、ホワイトバランスの安定性など、画質については文句はない。レンズのオリジナルの画角に近いAPS-HというセンサーサイズもAFエリアの分布も含めて使いやすい。
しかし、AEがNikonよりあてにならない事、暗い所でAFが使えない、接点不良のエラーが出やすいなど、画質以外の点ではD2Hsのほうが安心して使えるというのが感想。特にD2Hsも含むNikonのカメラではほとんど発生しない接点不良のエラーが頻発するのはどうかと思う。

レンズについても、EF70-200 IS/2.8とAF-S 70-200 VR/2.8Gを比較すると、Nikonのほうが操作しやすいし、画質も屋外で使っている分にはNikonのほうが良いと思う。昨今の何でもCanonが良くてNikonがダメと言う決めつけはいかがなものか。もし80-400がAF-S 80-400 VRII/4.5-5.6Gとかで出て、カメラ側のホワイトバランスの安定性が向上すれば、Nikonに戻した方が良いかもしれない。テレコンもNikonのほうが画質良いし。

画質以外のボディー側の信頼性が今後向上すると良いのだが、現状で売れている以上、改善を期待すると裏切られそうな予感がする。
NikonでもCanonでも良いが、D2HsのボディーにMark II Nの中身が入ったようなカメラが出てほしい。

1年後の感想はこちら

2006-04-06

雨の小菅は罰ゲーム並み

熊谷被告が保釈されそうだという事で、朝7時半に東京拘置所前へ行った。雨の中、すでに場所取りでテレビ各局が来ている割に、新聞・通信社はあまり来ていなかった。その後10時前にそれっぽい車が現れる。しかし1時間経っても出て来ないし、昼過ぎには一度出て行ってしまった。

車が拘置所に戻ってきて2時間ほど経った3時を過ぎると、熊谷被告を載せた車が出てきたが、ワイパーを動かしていないため、写真のとおりフロントガラスは水滴だらけ。顔が撮れるタイミングで撮ったのに、ぼやけてしまった。こういう姑息な手段を使うのは、被告が正当性を主張するにしても、後ろめたい事があるにしてもどうかと思う。世間を騒がせた人間としての説明責任を果たしていない。

結局8時間近く雨の中、カメラもカメラバッグも体も、すべてがズブ濡れの状態で出てくるのを待っていて、こういうセコい場面に出くわすとは。靴もズブ濡れで「ズブズブってこういう事なんだろうなぁ」と思ってしまった。雨もしんどかったが、風が冷たいのも追い打ちをかけた。いつ車が出てくるかわからないので、緊張しっぱなしだから精神的にもまいる。今後雨天時に張り込む場合は、こうした防寒対策も考慮しようと思う。

以外だったのはEOS-1D Mark II Nが2台とも雨で壊れなかった事。レンズ(24-70/f2.8と70-200/f2.8)やストロボ(580EX x2)も大丈夫だった。それでも次回からは防水対策は徹底しないと不安で仕方ない。特に今日は"小菅祭"の次に民主党代表選関係の取材が決まったから尚更だった。

その民主党関係の取材は菅直人と小沢一郎の会見。小沢の会見は一旦流れたが、菅の会見場所に着いたら急遽6時過ぎからやるという話が入ってきた。どちらの情報も知り合いから教えてもらった。ありがたい。再び菅の会見場所に戻って7時半から取材をして社に戻る。

なんとも長い一日であったが、車に乗った被告を撮る「スカシ撮り」は、今回成功した事で3戦3勝となった。心身ともにグッタリしたが、ベストは尽くせたので、良い一日でもあった。

2006-04-04

新東京タワー取材記

とうとう新タワーの「最終候補地」が決まった。この言葉はクセ者で、本当に建つかどうかはわからない。誘致側は「建設地」と断言してしまっているが...

31日の会見は放送事業者が開いた記者懇談会と、誘致側が開いた記者会見の2つで、共に出席できた。個人的には記者懇はNHK記者会に入っていないのでダメだろうと思っていたが、入れてもらえると聞いて一安心。いずれも色々な人の協力で取材できたようなもので、人付き合いの大切さを痛感した。

どちらの会場でも質問し、記事を書く上で必要な情報は得られた。記者懇では回答者がフジテレビの役員だったこともあり、会場が笑いに包まれた。記者会見では「最終候補地」と「建設地」の温度差を聞くと壇上から苦笑が。1年以上追ってきたネタなので、わからないことは会場で理解して書きたかったので、共に質問できたのは良かった。

4月に入り選にもれた候補地では誘致団体が解散したり、はたまた純粋な観光タワーの建設を目指したりさまざまだ。本当にすみだタワーが出来るかも含め、今後もこの話題を追っていきたいと思う。

2006-03-26

Windows Storage Server 2003

ある会社で4年前にセッティングしたDELLのNASをリプレースする事になった。扱うドキュメントの量が今後増える事や、データを検索しやすくする環境を構築するのが目的。4年前はDELLのNASというと松竹梅のように3種類程度クラス分けがされていたのだが、現在は1種類のみ。最近はラックマウントのNASは流行らないのだろうか。ハードウェアRAID 5、1TBのHDD、1GBメモリと、以前とは比較にならない仕様でもかなり安価になった。OSはWindows Storage Server 2003だった。

ただ、いざセッティングを始めると、このOSがくせ者だった。Windows XPからNASにアップしたデータをMac OS 8.6や9.0で見るとフォルダ名が「???」になったり、逆にMac OS 8.6からNASにアップしたデータをXPで見るとファルダ名が文字化けしたりと、以前のWindows 2000 ServerベースのNAS OSと違って、すぐ使えないOSだった。ほかにも、ローカルユーザーを追加しても、リモートデスクトップで細かい設定をしないと、MacからNASへデータを書き込めなかったりと、かなり手こずった。

上述のフォルダ名が化けてしまう件は、以下のやり方で対処した。
・Windows Storage Server 2003のリモートデスクトップを起動する
・コントロールパネルの「地域と言語のオプション」を開く
・「詳細設定」の「Unicode対応でないプログラムの言語」を日本語にする
 (デフォルトは英語)

文字化けということと、XP上で文字化けしたフォルダ名を調べたら
Unicodeっぽかったから、言語系の設定をいじれば何とかなるだろう、
という予想でやってみた。
手こずったが元・動作テスト屋としては、やりがいのあるものだった。

2006-03-18

小菅デビュー

ついに東京・小菅の東京拘置所前で保釈された人物を撮る機会がやってきた。今まで逮捕者が小菅に送られても、その後開かれる会見などの取材があり、カーテンで車の中がまず撮れない「入り」はパスしていた。今回は保釈なので車の中が撮れる可能性が高い。しかし、アッという間に車は出て行ってしまうのでチャンスは一度しかない。失敗覚悟で挑んでみた。

17日午後2時前に拘置所の面会口前に行くとエライ数の報道陣。とりあえず車の進行方向を確認してから場所を確保。一応目の前を通る車で試し撮りをするが、保釈された人間が乗っている車種と違うので参考程度にしかならない。

午後3時7分、中村被告を乗せた車が出てきた。横の窓がスモークガラスなのと助手席後部に乗っているので、遠くからは顔を見られずカンで撮る。目の前を通るときにもダメ元で撮るがやっぱりダメ。撮れていたのは正面からカンで撮ったもののみ。露出がアンダーだったのが残念。

午後3時24分、今日のメインイベントである宮内被告の車が出てきた。同じ車なので正面から狙わないと確実に撮れない。面会口の門を通過時に車を撮って、しばらくシャッターを切らずに我慢して恐らく顔が写るであろう場所でシャッターを切る。目の前を通った時点でもシャッターを切るが各社一斉に車を追い始めるので、後から追いかけて車を取り囲む報道陣の様子を撮影。その後車を傷つけないように接近戦を挑む。

結果はやはり正面から狙った一枚が確実に撮れていただけで、後の接近戦は写っていても正面ほど鮮明ではなかったのでボツにした。それよりノーファインダーで撮った車を取り囲む報道陣の様子を撮ったカットの方が意味があると思ったのでこれを使うことに。

結局、宮内(写真上)、中村両被告の正面から撮った顔写真、宮内号を取り囲む報道陣の3枚を送った。

初陣としてはうまくいったと思う宮内の写真でも、まだアンダー目だったので、次回はもう少し光量を増やすか感度を上げて撮ってみるつもりだ。本当はミニカムという大光量のストロボを使うのだが、普通のストロボでどこまでやれるか頑張ろうと思う。

2006-03-15

記事を書く事が多い週

今週は月曜から記事を書くことが多い。練馬のタワー計画やPSE問題、新東京タワーの進捗と、自分が追ってきたものと前職に関係のある問題が続いたからだが、どれも何となくサブカル系の中身だ。客引き問題とかもどちらかと言えばサブカル系か。

PSEについてはもっと色々調べたいが、体が複数ある訳でもないので、資料の調査は出来てもフィールド調査の時間をどう作れるかが課題。某企業の問題が一段落すればと思っていたが、かえって色々起こりそうな状況になってきたのではと感じる。

ただ、PSEは法律の問題なので多くの媒体が取り上げている。新東京タワーの様に「ドブ板取材」ができないなら、やる意味がない。読む人にとって有意義な情報を出す切り口を自分なりに探りながら考えようと思う。この3ヶ月は写真特集を手がけられなかったのも心残りだが、一連の騒動を取材する事が、自分がやらなければならない写真特集だったと言えるかもしれない。

2006-03-12

職業病?

最近職業病かと思われる症状が数点。もう少し余裕を持って暮らさないと、と思いつつも不安定な環境に生き続けると人間こうなるかなと思う今日この頃。

・「初NIKKI」を「初NIKKEI」と読み違える
後輩の日記を見たときに「NIKKI」を「NIKKEI」と読み違えた。やはり日頃「NIKKEI」を見ている影響か。

・夢の中で「Jリーグ破綻」を取材していた
破綻とか粉飾といった経済ニュースを取材する事が多かったり、我が身に降り掛かっているからか、かなりリアルな夢であった。しかしサッカーやらないのに、なぜJリーグ破綻?TOTOが儲かってないのに国が悪あがきしてるからか?TOTOは石原都知事も言っていたが、金額を抑え過ぎ。キャリーオーバーで今までにないような大金が当たらないともうダメでしょ。

・夢の中で某国での虐殺現場にいた
取材なのか人質なのか、なぜその場に居たのかはわからない。かなり気持ち悪い話だが、夢の中では冷静に受け止められていた。なんだろう、自分の命もあとわずかなのだろうか。

2006-03-06

商店街はどうなっていくのか

最近商店街の加入促進をテーマとした「全国商店街加入促進サミットin世田谷」を僚友と取材した。商店街内に大手企業が出店しても加入しないなど、色々問題が生じているという。

今回のサミットを知ったのは昨年行われた東京都の「商店街グランプリ」を取材した時だった。このグランプリ自体も元々地域問題を研究してきた私に取って興味深いもので、確か都のホームページで発見して取材する事にしたのだと思う。こうして取材が次の取材を生むスタイルをこれからも大切にしていきたい。

最近の商店街事情について近所のお弁当屋さんで聞いた話だと、自分のお店のことで精一杯という所が多いそうだ。大きな企業も追いたいが、初心に戻ってもう少し地域の問題なども取材したい。

写真はサミットで挨拶する全国商店街振興組合連合会の桑島俊彦理事長。企業の会見と同じく、ロゴを人物に絡ませてみた。看板が天井から吊ってあり、かなり無理矢理だったけど。

2006-03-03

Bloggerへの移行計画

エキサイト以外に 使いやすいブログを求めてBloggerでの投稿テスト。
しばらくテストして問題なければ本格移行したい。

カテゴリー:このブログについて

2006-02-27

冷凍エビと生きたエビの違い

土曜の昼に天ぷらをごちそうになった。今日のエビがおいしいとご主人に言ったところ、夜のメニューで出しているエビを出してくれたそうだ。ご主人曰く「昼も夜も来てくれるお客さんに『昼と夜で何か違うの?』って言われちゃったことがありますよ」とのこと。料理を出す側としては、なんとも頑張りようのない言葉である。

「天ぷらは素材の味で決まっちゃいますからね。何が違うのって言われちゃったら、毎朝早く仕入れに行ってるのって何なんだろうって思っちゃいましたよ」。昼と夜では値段が違うのだから食材も違って当然で、このお店ではお昼は冷凍エビ、夜は生きたエビを使っているそうだ。お金をお昼以上に出してもらうからには、よりおいしいものを出したいとの思いで早朝から市場へ行っているのに、違いがわかってもらえなかったのは結構ショックだったのだろう。ここのご主人は料理のこだわりだけではなく、厨房やお店をいつも自分できれいにしていて、料理人の鏡みたいな人だけど、こんなこと言われていたんだなと、話を聞いていた自分もショックだった。

ご主人の仕事ぶりを見ていて、手を抜かずにやることの大切さを改めて感じた。例え一部のお客さんにはわかってもらえないにしても。自分自身が一生懸命やるか、全くやらないの両極端な所があるので、これからどんな仕事をしていくかはわからないけど、常に手を抜かない姿勢でいたいと思う。

2006-02-20

確定申告に挑戦 -医療費編-

昨年は取材先で意識を失い、2月末から3日ほど入院したので、医療費控除が受けられるか計算してみた(ちなみに仕事中の入院なのに欠勤扱いという社員に「やさしい」会社だ)。

国税庁のウェブ(医療費控除関連)によると、私の場合は以下の式で算出することになる。

(実際に支払った医療費の合計額-健保組合の付加給付額)-10万円=医療費控除の対象額

私が払った医療費は10万円弱で、健保からの給付金もあったから、医療費控除の対象にはならないことがわかった。あとは「実際に支払った医療費」というのが、「本人負担額」であることが確認できれば申告しないで済む。まぁ3日くらい入院して歯医者に行った程度ではこのシステムは関係ないということがわかっただけでもよかった。今後は今回作成したExcelのシートを流用して確認しようと思う。

さて、機材代の方であるが、どうも「給与所得控除」の額より70万ちょっと多くかかっている。なので即申告といきたいが、「特定支出控除の特例」に該当するかが問題。国税庁のウェブを見る限りでは、会社が金を出さない機材や深夜取材のタクシー代(総選挙の時のもの)は難しそうだ。これについては、捜査の進捗を見つつ税務署に聞きに行ってみようと思う。

機材についてはある人物とその上司と私の間で色々あるのだが、それは機会があればどこかで書きたい(できれば実名で)。ちなみに2人とも記事を書いたり編集する人物ではないことは明言しておこう。

2006-02-17

Ec-S体験記

なんだかオタ的なタイトルが嫌だが、この「Ec-S」というEOS-1D Mark II N用のフォーカシングスクリーン(焦点板)を使い始めてはや1カ月。ネットを見ていても使いやすい/にくいと賛否両論のようなので、使用感を書いてみたい。

結論から言うとF2.8常用であれば、Ec-Sのほうが付属の焦点板よりピントを合わせやすいのは間違いない。だからオートフォーカスでピントがイマイチきてないときはマニュアルで調節しやすいし、マニュアルのみでも撮りやすい。Ec-Sに交換する前はとてもマニュアルでピントを合わせようとは思わなかった。

また、会見や講演などでEF100-400mm F4.5-5.6を多用するが、F5.6でもさほどファインダーが暗いという感じはしない(確かに付属品よりは暗いけど)。いわゆる真っ暗で見にくいわけではないので、ニコンのF3などのMFカメラを使っていた人なら違和感はないと思う。

ネットでもEc-Sが付属品でもいいのでは?というコメントを見かけたが、私もそう思う。D2HsからEOS-1D Mark II Nにメインを替えたときファインダーの見にくさは痛感していたが、Ec-Sにしたことでこの不満も解消された。やはりピントのヤマがつかみやすい方が撮りやすい。

2006-02-09

Thunderbird 1.5の迷惑メール機能って

迷惑メールに「迷惑マーク」を付けると、メールが開封済みになってしまう...
1.0.xは既読にならずによかったに、なんでこんな仕様なのだろう。1月の中頃から使っているけど、早いところフィックス版が出て欲しい。

あと、迷惑メール機能ではないけど、どうやらThunderbird 1.5→Eudoraに添付ファイルを送ると不具合があるようだ。不具合といってもファイルが壊れるとかではなく、Eudora側でメール上からファイルをクリックしても開かないといった感じ。対応策を調べるのが面倒なので、添付ファイルを送るときはEudoraから送っている。

メーラーで互換性が問題になるのはHTMLメールの表示と添付ファイルの扱いが多いと思うので、Thunderbirdもこの辺が賢くなってくれればなぁと思う今日この頃。
あと、日本語入力ONの状態でもスペースキーでスクロールできるようにしてほしい。

2006-02-04

写真は事実を半分しか伝えられない

これはピュリッツアー賞を受賞した米国の報道写真家、エディ・アダムス氏(2004年に71歳で逝去)が以前、NHKの番組で語った言葉の一節だ。南ベトナムの国家警察長官が北ベトナムのゲリラ将校の頭を銃で撃ち抜き、処刑した瞬間を彼が撮ったときを例に挙げていた。

テレビを見た時の記憶を基に彼の話を書き起こすと、以下のような内容だった。
「写真というものは事実を半分しか伝えられない。グエン・ロアン(南ベトナムの警察長官)は、休日には娘にフランス語を教える良き父親であり、(処刑写真の)前日には(グエンが処刑している)ベトコンに部下を皆殺しにされていた。しかし、彼はベトコンを銃で処刑した写真により、悪者扱いされた。この写真を撮ったときは戦争であり、平時ではなかったのに」

つまり、写真を見ただけでは、「グエン=ベトコンを殺した悪者、ベトコン=処刑されたかわいそうな人」という図式ができてしまう。多くの人には、なぜグエンがベトコンを処刑しなければならなかったかが、正しく伝わらないのだ。

右の写真は、僕が撮った某社社長逮捕後の社内の模様である。この写真は無断で(一部事前連絡あり)テレビ各局が使用しているが、大体の番組では写真を大写しにして、下を向いた社員のところで次の画面に切り替える使い方をしている。

しかし、彼らは本当に落胆して下を向いていたのだろうか?このカットを撮った時は話が始まってだいぶ時間が経った頃で、暗い話ではなくても普通の人なら下を向いていてもおかしくない時だ。「下を向いているのは事実だが、落胆しているかは個人による」ということだ。もしかしたら「あー、早く話が終わんねーかなー」位の気持ちかもしれない。

この写真は社員が下を向いているという事実は伝えているが、なぜ下を向いているかまでは伝えきれていないと思うし、むしろ見た人に「落胆している」ことを想起させる写真になってしまったのかなとも考える今日この頃だ。写真は事実をすべて伝える事はできないし、それでも良いと思うが、撮る側と見る側にはこうした認識が必要だとつくづく感じる。認識がないから簡単に誤解が生じるのだろう。

写真は事実を半分しか伝えられない。この言葉を戒めとして今後も報道写真を撮っていこう。

2006-01-26

新体制の取材

24日、全日空ホテルで夜8時から行われた会見の取材に行ってきた。会場には会見開始の1時間前に着いたが、すでに同業他社の知人を含む50人近い写真記者、テレビクルーが来ていた。

同業他社が撮りにくいと困るので会場の下見をしたが、某社のように撮影位置の規制が無いことに一安心。しかし、演壇に5人分のイスがあるのに、席次表とか全員分の経歴書が無かった(社長と代取はあったが)。また、海外メディアの注目も高いのに、英語の資料がなかった。写真としては、比較的撮影ポジションが限定されず、自由に取材できる点では好印象なのに、こういう点は一写真記者として見ていると、もったいないと感じた。結局、会社の人と手分けをして各社に席次などを説明して、その場は乗り切った。

各社への説明と同時に、私の今後を心配してくれる知人へのあいさつに追われているうちに会見は始まった。取材そのものは特に問題なく終わったが、同僚記者KさんとT君によるとフジテレビが承諾もなしに二人の顔を撮っていたという。報じることと、のぞき見は違うんじゃないか。特に、フジの場合「とくダネ!」で23日に行われた社内説明会を、私たちが「24日に」報じたとの趣旨のナレーションが流れた。私が撮った写真を承諾なしに使いながら... 私たちは「23日に」報じているのだが。

結局ネタになれば事実関係など大した問題ではない、という考えの人もいるのかもしれない。私たちは今まで同様、会社とは距離をおき、事実を正しく伝えていきたいと思う。その点では、会社が経費を認めないために、総計300万円以上のカメラやパソコン、写真電送用FOMAなど機材代や通信費を全額自分で払っている現状は、かえって良かったのかもしれない。年収の半分以上が機材代に消えたので生活は苦しいが。

2006-01-22

問題企業に捜査の手

16日、「黒い飛行機」を飛ばすスターフライヤーの機体内覧会で羽田空港にいた。取材中の午後4時過ぎに写真週刊誌FのHさんや外国通信社のKさんから電話が。どうやら私が所属する問題企業にガサが入るらしい。

会社に戻る頃にはガサ入れは始まっており、特捜部のヒルズ入りは撮れなかった。あー、残念。いろいろな人に会うたびに所属社の問題を語ってきた私だが、ついにこの日がくるとは。とりあえず同僚T君と2名でヒルズに残ることにする。

ヒルズ入口には知り合いが多数取材に来ており、みな「会社よりも●●さん(私の名)大丈夫なの?」と心配してくれた。一年かけて各社に築いてきた人のつながりの暖かさを感じた。

結局その夜、23時半くらいまで粘ったが、どうなるか予想できなかったので帰宅した。しかしこれは大きなミスだった。早朝に行われた会見の様子を撮れなかった。残念きわまりない。ニッポン放送株の時は、別の取材が入っていた関係で第一声を撮れなかった。なんか肝心なときに撮れてない。先週は帰宅する判断を下した自分を責めたが、まぁ、終わってしまったことなので、これから起こることはガンガン撮って世に伝えていきたい。

2006-01-11

確定申告に挑戦?

自民党の仕事始めを取材後、政財界大御所カメラマンH氏(写真週刊誌F)とS氏の3名で自民党の食堂で昼食。H氏がおごってくれた。そのときにまた私の待遇についての話になった。大先輩お二人の話を総合すると「入社後に買った機材代をすべて確定申告せよ」ということだった。

今の会社では転職しない限り、給料が投資した機材代を回収できるだけの大幅増になることはあり得ない。今の年収とそのことをまた話したのだが、ひとまず税金だけでも取り戻したらというアドバイスであった。いままで転職はしても、ずっと正社員で働いてきたので確定申告なるものをやったことがないが、申告が認められれば財政再建中の我が家には多少なりとも足しになるので挑戦してみようと思う。

家に帰って領収書を集めだすものの、コンパクトフラッシュや充電池など、結構な値段がするわりに、取っておきたいと思わせるほどの"希少性"がないために捨ててしまった領収書もあり、全額申告するのは無理そうだ。まぁ、勉強にもなるので諦めずにやってみよう!

しかし、また会社を糾弾する記事になってしまった。もう少し楽しい話題も書かないと...

2006-01-06

そして2006年が始まった

5日から仕事がはじまりました。最初の日で自分で決めた取材以外は予定なしだったので、あまり機材を色々持って行くのはやめようと思って行ったところ、経済3団体の新年会の取材もすることになってしまいました。

現場に着けばかなり遠いところに舞台が。手持ちの機材ではかなり無理がありました。
今日消防出初め式でも思ったような写真が撮れず、基本が疎かになってきてるかな?と感じる仕事始めでした。

来週からは初心に帰って写真を撮りたいと思います。

写真は70-200mmで撮ったものを無理矢理使えるようにしたものです。あーあ。

2005-12-31

今年も色々あった

今年は丸一年記者として生活したので、今までの人生と比べ、多くの貴重な経験が出来た年だったと思います。写真や記事の連載もやったし、選挙で開票日に自民・民社・社民の3党を撮りに行ったり、靖国"凱旋"参拝など、思い返してみても普通では経験できないことばかりでした。

現状では年収の半分以上が機材などの設備投資に消えており、収支を見ると大きくマイナスですが、この一年に経験できたことは、恐らく全国紙に入っていたら経験できなかったと思います。人がいない会社だから、一年目でも取材できたのでしょう。

自分の専門分野である都市問題についても、新東京タワー問題を追っていくことで、定常的に関われています。2006年は首都圏以外に地方都市も追えればと考えていますが、僕のお金があればという感じです。

2006年は新しいテーマを加える以外にも、"卒業年次"として就活をしなければなりません。焦っても仕方ないですが、今の会社は限界があるので、可能な限り早く"就職"できるようにがんばりたいです。そのためには英語でキャプションが書けるようにならないとなぁ...

2005-12-18

パクチー狂会忘年会

日本パクチー狂会の第3回オフ会として、忘年会が土曜日に開かれました。
前の2回が都合がつかずに行けなかったので、今回こそは!と意気込んで参加。料理もおいしく、楽しいひとときでした。

やはり週末は出歩いてなんぼ。今回も多くの人たちと知り合えて良かったです。僕は気を抜くとすぐにぐうたらな週末を過ごしてしまうので、これを機に掃除洗濯をさっさとこなして、今以上に出歩く週末を過ごすようにしたいと思います。

今回の忘年会がきっかけでSNSをはじめてみました。まだなんだかよくわからんのですが、ブログとはまた違ったおもしろさはあるなぁというのが第一印象です。

2005-12-04

記者になって一年

早いもので12/1で記者生活が始まって一年になりました。本当は12/1にこの記事を投稿しようと思ってましたが、流行語大賞の取材後、同期3人で激しい二日酔いになるまで飲んでしまったため、こんな時期になってしまいました。

待遇面では机とイス以外は何もないという状況は一年前から全く改善されず、会社としてはいかがなものか?という相変わらずな状態です。ただ、「渦中の企業」に身を置いていると、新聞やテレビで報道される内容と事実が異なっていること(僕らの部署のこととか)も案外あり、問題企業を「内側から見られる」という貴重な経験や、報道と事実の食い違いを目の当たりにしてきたことが今後の仕事に役立つかなと思います。

タイトルで「記者になって一年」と書きましたが、1997年4月に写真を撮り始めたことが今の仕事の土台であり、本当のスタート地点かなと思います。職業としては一年前から記者ですが、その前の経験がなければ報道写真を撮るための予備知識も無かったし、写真で物事を伝えたいという気持ちにもならなかったでしょう。同じようなことは友人"Kyo paxi"も「友人にインターネットの存在を教えてもらい、何を書くべきかを考えた時から、それは始まっていた」と言っていて、やっぱりなぁと思います。

一年という節目を迎えて、今まで以上に日々精進、日々学習を心がけてがんばっていきたいと思います。

写真は流行語大賞です。入社1年の記念すべき日の取材がこれとは...

2005-10-31

D2Hs→EOS-1D Mark II Nの感想 その2

10/12から使い始めたEOS-1D Mark II N(以下Mark II N)ですが、小泉首相の靖国参拝や東京モーターショー、TBS v.s. 楽天問題、中越地震の被災地など、様々な取材で活躍しております。特に100-400mmは「折りたたみ超望遠レンズ」として重宝してます。今回は前回気づいた点以外にふれてみようと思います。

1. 続・ファインダー表示
D2HsというよりニコンのカメラをF5以来使ってきた僕が、不便だなぁと思うのはファインダー表示です。前回ホワイトバランスがどのモードになっているかがファインダーで確認できないと書きましたが、それ以外にもありました。

あまり雑誌などでは指摘されていないようですが、マニュアルと絞り優先を撮影中に切り替える場合など、露出モードをニコン(D2Hsに限らずD1なども)ではファインダーから目を離さずに切り替えられるのが、Mark II Nでは、上部液晶でないと切り替えが確認できません。会見会場などで撮影が始まり、最初はマニュアルで撮っていて、一時的に絞り優先にしたいときなど、ちょっと不便です。

どうもEOSでは、何かを設定する場合は液晶を見て操作するのが前提のようで、ニコンのようにファインダーをのぞきながら変えるということは、あまり考えていないようです。"MODE"ボタンを押すとファインダー内が真っ暗になるのが悲しい...

2. 暗部でのAF性能
ニコンではD2Hsに限らず、F5からEV -1の暗さでも(明るいところはEV +19まで)測距できていますが、Mark II NではEV 0からになります(同EV +18まで)。ちなみにEOS 20DやEOS 5DはEV -0.5から測距できます。つまり全体的にキヤノンのAFは暗いところが苦手なようです。

Mark II Nだと、目で見て暗いなぁと感じる場所だと測距に迷う動きをします。先日日産自動車の中間決算の取材へ行ったのですが、この時も暗部のAF性能の違いは感じました。D2HsやD1Hではそれほど迷わない程度のやや暗めの照明だったのですが、Mark II Nでは少し迷ってました。ゴーン社長が出てきて照明が明るくなってからは問題なかったですが、それまでは「あぁ、やっぱり薄暗い所は苦手なんだなぁ」という感じでした。

写真はその日産の中間決算でのものです。日本人記者からの質問を、通訳のレシーバーで聞くゴーン社長です。

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2005-10-26

ショッピングバッグ販売機

1960~70年代あたりに作られたと思われる「ショッピングバッグの自動販売機」が長岡駅前のデパート?「丸専」にありました。

僕自身、幼少期に池袋の西武などで見かけた記憶があるのですが、最近はお目にかかっていなかったものなので、軽いショックと何ともいえない懐かしさがこみ上げてきました。

僕は地方都市に行くと、その土地のスーパーやデパートをなるべく見るようにしています。長岡のイトーヨーカドーに行って印象に残ったのは、エスカレーターの追い越し列が左側だったことです。東京では左側に人が立って、右側は先へ行く人が通るためにあけておくという暗黙のルールがあるのですが、長岡では(少なくともイトーヨーカドーでは)反対でした。

被災地取材という、どうしても重い内容の取材でしたが、この自販機にはいやされたような気がします。

2005-10-25

中越地震から一年

中越地震から一年ということで、会社の友人T君と2人で金曜から日曜まで取材に行ってきました。もちろん今回も自腹取材で、自動車は日産自動車さんのご厚意で広報車(自動車評論家が乗ってうんちくたれるクルマ)をお借りしました。宿代を払う余裕はないので車中泊でした。

旧山古志村を中心に長岡市の数カ所を取材しましたが、工事中の道路などを見ると、復興まではまだまだ時間がかかりそうでした。これは長岡駅前のような都心部でも山古志村でも同様で、豪雪地帯ゆえの工事の困難さが表れていると思います。このあたりの詳細は僕らの記事(「中越震災から1年、あす鎮魂の夜に」など3本)を読んでいただければと思います。

写真は日曜日に長岡駅前で行われていた「米百俵祭り」を見に行ったときに撮った道路の亀裂とそれを示すマーキングです。山古志村では未舗装のところでもこのマーキングが亀裂に沿って行われていました。

2005-10-17

D2Hs→EOS-1D Mark II Nの感想

D2HsからEOS-1D Mark II Nにメインを変更して、しばらく使った感想はこんな感じです。

---良かった点---
1. 高感度ノイズが少ない:
D2Hsもそんなにノイズが目立つわけではなかったのですが、EOS-1D Mark II Nはさらに目立たないという印象で、ISO1600も躊躇なく使えます。
また、800万画素なので掲載時の長辺600ピクセルまで縮小してしまうとノイズそのものが見えにくくなるのもメリットです。

2. 意外と使いやすかった:
購入前に量販店で、さんざんEOS-1D系をさわりまくったせいか、複雑といわれるEOS-1D系の操作に戸惑うことは予想より少なかったです。
測距点の選択は11点測距にして横方向のみを使い、アシストボタンだけ押すと中央に戻るようにしたり、FELボタンとメイン/サブダイヤルで測距点選択できるようにするなど、カスタマイズするとD2Hsには劣りますが、まずまずの使いやすさになります。
ただ、全体的に操作性はD2Hsのほうが良いです。F5以来の測距点選択ボタンはメニューの選択にも使えて便利です。EOS-1D系でのメニュー選択は、MENUボタンとサブダイヤルでメニュー選択後はSELECTボタンを押しながら項目を選ぶのですが、ここで再度MENUボタンを押して液晶を消してしまうことがよくあります。

3. 再生時の操作性の向上と液晶の2.5型化:
今回EOSに変更した理由の一つが、従来から指摘されてきたEOS-1D系の再生時にメニューの変更が出来ないなどの問題点の改良と、液晶の2.5型化でした。
液晶の大きさがD2Hsと同じで、画像を再生しているときもストレスなく使えるのであれば、EOSにしても問題ないなと踏んだわけで、実際この辺での不満はあまりないです。

---悪かった点---
1. ISO感度、撮影可能枚数、撮影枚数のうち、2つしか液晶に表示できない:
背面液晶が大型化した割にダメだなと思ったのが、この点です。D2Hsでは上面(撮影可能枚数、撮影枚数)と背面(ISO感度)を使ってすべて表示されていたので、D1Hに逆戻りした感じです。そのD1Hでさえ、背面液晶にISO感度が表示できたので、液晶を大きくしたのだからやってもいいと思います。現時点では上面液晶にISO感度、背面に撮影枚数を表示しています。

2. ファインダーにホワイトバランスが表示されない:
D2Hsのかゆいところに手が届く、良くできたファインダーに慣れてしまうと結構不便です。ホワイトバランス以外にも、EOS-1D Mark II Nでは上面液晶に常時ISO感度を表示する設定にしないと、ファインダーにISO感度は表示されないし、この場合撮影可能枚数がファインダーで確認できません。もともと撮影枚数が表示できないのもいかがなものかと思いますけど...
D2Hsではファインダーで重要なことがすべて確認できたのが、液晶を見ないと確認できないのは不便です。ついでに言うと、スピードライト充電完了の表示が赤ではないのも視認性から言うと悪いです。

3. 充電器がデカい:
D1Hの充電器よりもデカいです。電池を2つつなげられるので、一度に2つとも充電できると思ったら、1つが終わったらもう1つの充電を始めるというタイプでした。
あとはリチウムイオンじゃないというのも不満ではあります。

---まとめ---
画質についてはAP、ロイター、AFPなど外国通信社の大半がCanonにしていることからもわかるように、文句はありません。
ただ、操作性、ファインダーや液晶の表示内容、充電池の管理やコンパクトな充電器など、画質以外のほとんどの部分はD2Hsのほうが優れています。EOS-1D Mark II Nに慣れてしまえば大した問題ではありませんが、画質と同様に一度良いものを知ってしまうと、なんで今出すカメラなのに改善されないのか?と言いたくなるものです。

NikonはFマウントをかたくなに守るのに対し、CanonはD2000あたりからの操作性をかたくなに守っています。ともに見直す時期ではという声が新製品が出るたびに上がっているわけですが、どちらが先に変更するのでしょうか。

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2005-10-16

EOS-1D Mark II Nほかを導入

EOS-1D Mark II NをはじめとするCanonのシステムを10/12から使用開始しました。内訳はボディー2台、レンズ5本、スピードライト2台です。

---本体---
EOS-1D Mark II N x2
---レンズ---
16-35mm/F2.8
24-70mm/F2.8
70-200mm IS/F2.8
100-400mm IS/F4.5-5.6
Extender EF1.4XII
---スピードライト---
580EX x2
SB-E1 x1

今回もいつも通り自前でそろえました。会社があてにならないのと、今後のことを考えてCanonをメインで使うことにしました。ただ、Nikonも300mm/F2.8などを使うことがあるので、状況により併用、という感じです。

もちろん、これだけのものをすべて揃えられる貯金があるわけもなく、資金を調達した上でのことです。本当は乾燥機付きの洗濯機がほしい...

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2005-10-09

KNOPPIXのQTPartedでパーティション設定

とある会社で導入するThinkPadのハードディスクを2パーティション構成にするため、1年半ぶりにKNOPPIXを使ってパーティション設定を行いました。やり方をすっかり忘れていてちょっと手こずりました。

ThinkPadを購入された方はお分かりだと思いますが、Cドライブのみの1パーティション構成なので、Dドライブを設定する場合、市販のソフトなどを使ってパーティション設定を行わなければなりません。昨年T42を購入した際は、KNOPPIX 3.4を用いて行いましたが、今回は4.0.2のCD-ROM版をダウンロードして作業しました。

KNOPPIX 4.0.2のISOイメージからCD-ROMを作成し、ThinkPadをCDから起動するとKNOPPIXが起動します。そこで"QTParted"を使用してパーティションの設定を行うのですが、注意点がいくつかありますので、まとめてみます。
なお、"QTParted"についてはGoogleなどで検索してみてください。すでに多くの方が図入りで解説されています。

1. 2つ以上設定したパーティションはフォーマットを行っておく
ThinkPadの"Access IBM"を押すと、ハードディスクの不可視領域にあるOSが起動して、OSなどのリカバリーが行えます。複数のパーティションがある場合は「Cドライブのみリカバリー」が行えます。
このとき、あらかじめQTPartedで2つ以上のパーティションを設定し、フォーマットまで行っていないと、「Cドライブのみリカバリー」が行えず、1パーティションの出荷時の状態に戻ってしまいます。必ずQTPartedでパーティションの設定後にフォーマットまで行ってください。また、リカバリ−CDを使った場合も「Cドライブのみリカバリー」が行えませんのでご注意ください。

2. Dドライブ分はFAT32でフォーマットしておく
どうやらThinkPadのリカバリーOSではNTFSにデータを書き込めないようで、「Cドライブのみリカバリー」の開始直後に「展開できませんでした」というエラーで先に進めなくなるようです。なので、Cドライブ以外はQTPartedでFAT32フォーマットを行っておく方が安全だと思われます。Cドライブは作業開始後フォーマットされるので、NTFSフォーマットでも問題ありません。

2005-10-08

なぜ機材に投資するのか

僕は今の会社に入ってから、デジカメやレンズ、電送用のPCなど、多くの機材に受け取った給料以上の額を投じてきました。そして現在も通信費(FOMA代)など、出費は機材以外にもかさむ一方です。

確かにカメラやPCが嫌いなわけではありませんが、できることなら、旅行や食事など他のことにお金は使いたいです。もっと言えば、この会社は退職金が無いので、仮に65歳まで働くとした場合、現在の給与水準では年間80~90万円退職金としてプールしておかないと、一生働かざるを得ない状況になります。なので、機材への投資などしたくないです。

では、デジカメに投資する理由は何か。高い機材なら良い写真が撮れるというわけでもないです。写るんですでも良い写真を撮る人は撮ります。カメラに金をかけるのは「自分が撮りたいタイミングで確実に撮れる」、「毎週最低1000カット撮る状況でもシャッターが壊れない」といった確実性が第一の理由です。コンパクトカメラなどでよくありますが、シャッターボタンを押してもなかなかシャッターが切れないとか、雨に濡れたら壊れたとかでは困ります。取材現場で頼れるのは自分の機材だけです。その機材が壊れたのでは仕事にならないです。

レンズについては、明るいレンズほど背景をぼかせるほか、ファインダーでのピントの確認がしやすいのと、オートフォーカスのセンサーも明るいレンズの方が合焦精度が向上します。また、絞りの値が普通はF4やF5.6なのが、F2.8と1~2段分明るいので、暗いところでスピードライトを使えない所(美術館など)でも撮影できます。どうしても高価になりますが、悪条件でも撮れるレンズが必要なので、明るいレンズを導入することになります。

また、新規参入の報道機関となると、そもそも信用が無いわけで、それがサイトの写真を見たら、いかにも金をかけてないという安物感が伝わったら、見る人も減ると思います。国内外の通信社の写真も載る以上、極端に見劣りして「最初から信用失墜」という事態は絶対避けなければと思いました。もちろん、自分の写真が良いとか悪いとかを言いたいのではないです。ただ、記事よりも写真はそういう印象を一目見た時点で受けやすいので、注意が必要だと思いました。

僕が残念に思うことは、一般的に「高い機材=良い写真が撮れる」とか、「機材に金をかける=マニア」みたいな短絡的な発想をする人が多いことです。他の人はどうか知りませんが、少なくとも僕は理由のない機材購入はしていません。不要な物は1円でも買いませんが、本当に必要な物であれば、値段は買える範囲であれば考えません。必要だから買うというのが答えです。でもこういう考え方は理解を得にくいというか、単なる物好きにしか見られないようです。"残念です、本当に残念です"。

2005-10-07

AF-S VR 70-200mm/F2.8導入

望遠レンズでは防振機能(VR)付きが一般的になってきたので、9/29に思い切って購入しました。初陣はテスト撮影をする間もなく取材に出かけた、道路公団の民営化委員会です。普段であれば銀座などで一通り試し撮りをするのですが、この日は普段使っているAF-S 80-200を家に置いてきたので、買ってすぐ使うことになりました。

写真は猪瀬委員からの質問を受け、道路公団の近藤総裁(右)と相談する奥田理事です。「賭けゴルフ」事件とか、色々追求されてました。

最初のうちは防振レンズという物の特性がわからないせいか、防振なのに手ブレしているカットが結構あり、いつものAF-S 80-200のほうが良いくらいでした。

しかし、VRの働き方がわかってくると、おもしろいように手ブレが防げます。家に帰ってから2.0倍のテレコンをつけて400mmにしてカレンダーを撮ってみました。1/2.5秒のシャッターを切りましたが、ブレてはいるものの、数字が読めます。VRを切ると数字は読めません。それだけ本来手ぶれしているのだなと実感...判別不能な数字がとりあえず読める程度になるというのは驚きでした。

従来のレンズでも良いのですが、やはり良像率が向上することと、被写体ブレが起きない程度に絞り込めるというのは大きなメリットです。それに、このレンズを修理に出したとしても、AF-S 80-200が手元にあるので、何かあっても代替え品が借りられなかったらどうしようとか、心配せずにすみます。特にこの70~200mmという焦点域は、会見などで必ず使うので致命傷になります。

会社が機材を揃えてくれれば、万一のことまで考えずに済みますし、そもそも機材を買う必要がないのですが、「会社員なのに自営業」な現状では、機材が壊れたときのことまで考えておかないとマズいのが実情です。

2005-09-30

ADSL復旧

2001年夏から使ってきたNTTの1.5Mのモデムが、23日の晩に壊れました。
そろそろ8Mにしても良いだろうと思っていたので、契約を変更しました。
まぁ、高画質のストリーミングとか見る訳でもないので、8Mで十分です。次に替えるとすれば光ファイバーがもっと安くなったときに導入という感じでしょうか。

しかし、自宅で常時接続のネットが使えないというのは案外不便でした。
24日は台風が接近しており、当日の晩と翌朝の台風記事を担当する事になったのです。結局昼過ぎに会社へ行って情報収集をし、記事を書く時は最低限の時間をダイヤルアップで接続して気象庁のサイトをチェックしたり、記事を出稿したりしました。

4年間トラブルなく使えていただけに、常時接続のありがたみを改めて感じた一週間でした。

2005-09-22

後藤田正晴氏 逝去

官房長官時代にビートたけしの「フライデー編集部襲撃事件」が起きた後、「ビート君の気持ちもわかるよ」とコメントした後藤田氏。政治家っぽくない言動をされる一方、相手が総理であれ誰であれ、言うべき意見はキチンと言うという、なかなか出来ないことを実践されてこられた方だと思います。

後藤田氏の死去は、近年若手政治家からちょっと偏りがちな意見が多く出てくるような状況に対して、戦争体験をふまえた発言をされる政治家が少なくなってきていることを象徴しているように感じます。戦争経験者の意を継ぐ政治家が増えないと危険なのではないかなとも思います。

写真は4月20日に自民党本部で行われた「歴代総裁・官房長官リレー講演会」で講演する後藤田氏です。恐らく党本部で講演されたのはこの時が最後だったのではと思います。生でお話を聞けたのは貴重な経験でした。後藤田氏のご冥福をお祈りします。

2005-09-21

選挙がらみも一段落

まさかこのブログを開設した一年前には、選挙の、しかも各党の本部で写真が撮れるとは思ってもいなかったです。

9/11は自民党→社民党→民主党という、同業他社からは無謀と言われたコースで、各党を「自費で借り切ったタクシー(僕の所属社はこの手のお金は出さないので、議論しても無駄なので払いました)」で、まわってきました。本当は公明と共産もまわるはずだったのですが、ご存じの通り自民圧勝で、日付が変わってから永田町から離れた2党に行っても、使える写真が撮れる見込みがなかったからです。

写真は自民党本部の開票本部で、狭いところにエラい数の写真記者がおります。ここに夕方から日付が変わるぐらいまで、手前の大きいテレビの近くにいました。長時間あぐらや体育座りを続けていたので、足が2度ほど(最初は左で2回目は右)つりました... その状態のまま写真を撮る→電送という作業を繰り返しておりました。その点、民主党はホテルが開票本部だったので、撮るのは楽でした。

結局9/5から民主党大会のあった17日まで13日間連続で働きました。その前は「ぺ様」の撮影など、珍しく芸能ネタばかりでした(Googleで「ヨン様、愛の新しい考え方を」を検索すると写真がでてきます)。
でも、好きでやっていることなので、体力的には結構きてましたが、ヤダナァとかの感じはなかったです。

これで経済状態がまともなら、言うことないのですが、某全国紙の社会人募集で写真記者は昨年に続いて募集ナシだったので、もうしばらく極貧生活がつづくもようです。現在の"荒行"から"修行"に変わる日が早く訪れることを願って暮らしていきます。

2005-08-28

楽しい宴

職場の友人Sさんのお招きで宴に参加。やはり週末はこうでないと。
Sさんと広島取材したときにも顔を合わせていたゆみさんを含め、Sさんの留学時代の友人に混じって楽しい酒と料理を堪能。

しかし、空腹でビールをガーっと飲んだのはいけなかったなぁ。ジントニックだと平気なのに「空腹にビール」は相性が悪いらしく、途中から飲みたいのに体がついていかない...
長時間飲むときはビールは一杯で切り上げてジントニックにするのが得策と改めて実感。

業務連絡:
出席者の皆さん!写真遅くなってますが、選挙前にはなんとかします!!

2005-08-24

レッツノートR4

写真電送用にレッツノートのR4を購入しました。
メモリとハードディスクを1GB/80GBとするために、パナソニックのウェブサイトで購入しました。
ついでに天板も銀色ではつまらないので、オレンジに。

オレンジにしたのは、単にパッと見でいいなぁというのと、青系で良いのが無かったからです。
これに加えて精神的に「赤信号一歩手前」というのも表しています。なんでここまで投資せにゃならんのかとか、会社に倫理観が欠けてるとか... まぁ色々です。仕事自体はおもしろいですが、ダメな会社はダメなんだなと思う今日この頃。

2005-08-15

靖国神社から初電送

午前5時20分くらいに靖国神社到着。6時の開門の様子や日章旗を持った人など、それっぽい写真を撮って一回目の電送。やはり384kは早いです。自称IT企業なのに今まで電送できなかったのもどうかと思いますが、やっとできたのも自前って言うのもなんかなぁ、という感じです。

あとは安部氏や古賀氏などを殿内で撮影して再度電送。社に戻らなくても現場から送れるのって本当に便利です。というかこれが当たり前なんですが、いまさらながらに便利さを痛感しました。

このような感じで、FOMAを使った現場からの初電送は終わりました。

2005-08-13

F2402購入

ドコモショップでないと扱いがないFOMAのPCカード「F2402」を買ってきました。これでやっと電送ができます!しかも384K!!

15日の靖国神社取材で現場から電送する必要があったので、なんとか今週中には揃えたいと思っていたところ、お店に在庫もあり無事開通。
あとはレッツノートのR4あたりの軽くて小さいPCがあれば良いのですが、なんでここまで自前で揃えなければならないのかなぁと思う今日この頃...

2005-08-08

衆院解散→総選挙へ

このからみで永田町界隈やら銀座やらを回ってました。行きがけに新宿のビックカメラあたりでFOMAカードを買おうと思ったら、「最近はドコモショップでないと扱い無いんですよ」と言われてしまい、本日の電送は見送りに。

結局一度社に戻ってから、夕方に号外が出そうな時間を見計らって再外出という感じになりました。ちょっと早いかなぁと思っていたら、数寄屋橋ではY新聞がバンバン配ってました。某外通のKさんに「もう終わっちゃうぞー」なんて言われながら、なんとか使えそうかなぁというものを撮ってまた社に戻るという一日でした。

広島へ取材旅行=自費取材

8/6に行われた広島平和祈念式典の取材に行ってきました。

会社から金も出ないのになぜ行ったか?それは数日前に知人のWさん(某外国通信社のテレビカメラマン)に「60年目は今年だけだよ。61、62年目と60年の節目は意味が違うし、次は70年で式典に参加できる被爆した方は減ってしまうだろう」と言われたのがきっかけでした。自腹は結構きついですが「とにかく自腹でも今年は行っておいた方が後々役立つし、行くべきだよ」と言われて決めました。

もう一つのきっかけとして、同僚Sさんの奥様のご実家に同行できる(=宿代はかからない)ということもありました。おかげで貴重なお話を、おいしい料理とお酒とともに伺えました。

普段旅行をしない僕には、広島の街並みは新鮮でしたし、改めて平和とは何なのか、原爆の被害と9.11の被害の違いは何なのかなど、いろいろと見つめ直すきっかけとなりました。記者1年目でこうした経験ができたのは幸せだったと思います。これからも行くべき取材は、金が出るかどうかは後回しにして、とにかく行ってみようと思います。もちろんお金があればの話ですけど。

Top: Prime Minister Koizumi make a bow to cenotaph for A-bomb victims.
Bottom: Prime Minister Koizumi who speaks, "War-renouncing Constitution is observed as the only radiation exposure country, and uphold the three non-nuclear principles".

2005-08-01

電送できるってすばらしい

といっても僕が軽量ノートパソコンとかPHSを買った訳ではありません。日・米・韓・英・モンゴルの5カ国の国会議員でつくる「北朝鮮難民と人権に関する国際議員連盟」の第2回総会の取材で、同僚のT君が前日に購入したR4とPHSを持ってきてくれたおかげで、僕の写真も記事と一緒に送れたにすぎません。

僕はいつもと一緒のT42を持っていき、写真の編集を現場でやりました。D2HsとD1H、17-55mm/F2.8、80-200mm/F2.8、300mm/F2.8、その他スピードライトや脚立などいつもの荷物に加えてT42です。やはり2.7kgってカメラ一式と一緒に持ち歩く重さじゃないです。しかもスーツって、罰ゲームみたいな装備です。

最初の原稿を送り、掲載されたものを確認した時は二人で「おぉ〜」っと驚きと喜びの声を上げたものの、すぐに「本来会社がこの手のものは準備するべきものだよね」という健全な感想が...。普段どんな記事でも一度会社に行かないと出稿できない生活を送ってきた我々には、カルチャーショックでした。って他社はみんなコレなんだけど...

2005-07-31

久々自炊

前回の材料(にんにく、ニラ、ニンニクの芽)がまだ残っていたので、ニラとニンニクの芽をオリーブオイルで炒めてバルサミコ酢をからめたものと、ガーリックライスを作ってみました。

普段ろくでもない食生活を送っているせいなのか、材料のせいなのかはわからんのですが、普段食べているものより食後の満足感というか、栄養が摂れたなぁという感じがします。日本酒もちょっと残っているのがあったので、所々思いつきで入れたりしました。なので隠し味になったのかとか効果の程はわかりません。ノリですよノリ、というセリフだけは絶対言いたくないです。あくまで料理上効果があるに違いない!と本人は思って入れました。

で、こんな診断があったので、やってみました。
あなたの長所診断します

結果:

あなたの長所はすばらしい完璧さです。

あなたは向上心と意志の強さをもち、勤勉に誠実に物事に取り組みます。
常に理想を求めて、完全でありたいと努力します。また、正直で率直なので、人から信頼されます。
そして、他人から見ると、愉快で元気が出てくる相手です。
あなたのきちんとした性格は、まわりの人から高い評価を得ています
→そうなるように努力しよう...

あなたを象徴する動物は・・・:
勤勉なアリです。
→そんなもんかも。

さらに長所を伸ばすには:
あなたは「完璧か、不完全か」という尺度でものを考えがちになります。
そのため、自分にも他人にも、完璧であることを望みすぎてしまうことがあります。
しかし、この世に絶対的な完璧は存在しません。
自分の価値基準を絶対だと考える癖を直し、他人の価値観の優れた部分に目を向けることが望ましいでしょう。
そして他人を批判するのではなく、他人の良いところを評価し、ほめるように努力すれば、今まで以上によい人間関係を作ることができます。
→人間わからせなければならない時もあると思うが...
 もう少しひょうひょうと生きていかねば。

2005-07-25

つくば市初訪問

8月に開業する常磐新線こと「つくばエクスプレス(TX)」の報道向け公開が25日に行われました。つくば発秋葉原行きの列車に乗り、施設や列車を取材しました。

今回初めてつくばの街を訪れたのですが、多摩ニュータウンなどに共通する「人工的な街」な感じがしますね。計画してから街が作られると、どこもこんな感じになるんだなぁと思います。あと、歩道のアスファルトが結構傷んでいて、割れ目から草が生えてたりします。同僚T君は「これだとロシアというよりソ連!」なんて言ってたけど、あぁそのテイストわかるなぁーって感じでした。

つくばと秋葉原を最速45分で結ぶということは、東京からつくばに働きに行けるわけで、つくば市から東京に引っ越す人が増えてしまうのではないかと思います。実際そうらしいし。
観光地化しても客の波があるし、つくばはつくばとして自立して行けるようにしないと危ないのかなぁなどと考えてしまいました。安易な開発は後世の重荷、みたいなことになりかねないので。

ちなみにつくばというか、茨城県に行った感想:
空気がうまかった。野菜や果物がうまかった。基本的に東京から出ない(出不精)な僕にとって、ちょっと東京から出るだけで、空気や食べ物がおいしいことを再発見することになりました(全然知らなかったわけじゃないですよ)。

2005-07-22

Firefox 1.1改め1.5は9月予定

だそうです。

米Mozilla,「Firefox 1.1」を「同1.5」に改名し3カ月遅れの9月リリースへ(IT Pro)

日本語入力がONだとスペースキーによるスクロールができない点とかが改善されると良いのですが。

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2005-07-21

D2HsのISO 1600

20日に経団連会館で郵政民営化に関するシンポジウムが開かれ、取材に行ってきました。

基本的にはISO 800で撮っていたのですが、せっかくなのでISO 1600も試そうと思い、撮ったのがこの写真です。実際に記事中で使いましたが、いわゆる高感度ノイズは気にならないと僕は思いました。

D2Hs + AF-S 300mm/F2.8D(初代) + AF-I TC-14E
ISO:1600
絞り:F4.0
SS:1/100
WB:電球
スピードライト:不使用
高感度ノイズ除去:標準
ファイルサイズ:L
JPEG圧縮:ファイン(画質優先)

右下の写真は、右上のカットのJPEGファイル(編集前)から、左耳周辺を等倍で抜き出したものです。ISO 1600の場合にどんな感じになるかを、参考にしていただければと思います。
ちなみに編集段階では、ノイズ除去のたぐいは一切やっておらず、行った編集内容は、色調補正とアンシャープマスク、トリミングだけです。
編集が終わってからPhotoshopの"Web用に保存"で"最適化60"、長辺のサイズ200で保存しています(記事では長辺600)。

2005-07-20

Firefox 1.0.6

Firefox 1.0.6がリリースされました。1.0.5でセキュリティーホールの修正をした際に発生した不具合などを修正したもので、米国のMozilla Foundationでは、すべてのFirefoxユーザーへアップデートを呼びかけています。

深刻なセキュリティ・ホールを修正したFirefox 1.0.6日本語版リリース,全ユーザーはアップグレードを(IT Pro)
APIバグ修正したFirefox 1.0.6リリース、日本語版も(ITmedia)

同時にThunderbird 1.0.6もリリースされています。

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2005-07-17

どうなる?ライカ

ドイツのライカが、経営危機に陥っています。大株主のエルメスグループなどが、会社再建策への支援を拒否したためと伝えられています。

ライカは過去にも経営危機に陥っていますが、かろうじて生き延びてきました。ただ、今回の場合は、フィルムカメラからデジタルカメラへ市場が移行してからの事態なので、従来よりも再建が難しいと見る人が多いのではないかと思います。

2005-07-16

セガフレード・ザネッティのエスプレッソ

今の所属社が入っているビルの3F(UL)に入っているSegafredo ZANETTI(2Fはスタバ)では、コーヒー以外にビールも飲めます。この店でビールを飲み始めたのは、ビール好きのKyoさんで、「ここでビールを飲むという文化を根付かせる」と言っていたら、最近では結構ビールを飲んでいる人(全然知らない人だけど)を見かけます。

また、ここでは夕方5時から350円の生ビールと一緒に200円のおつまみを頼むとビールが50円引きになり、合計500円でおいしいひとときが過ごせるという、薄給労働者にはありがたい企画が行われています。

で、新宿でもこのシステムは取り入れられているのだろうか?と思い、出かけたついでに店の前を通ったら、いつもは600円のアイス・エスプレッソのパックが500円で売っている...いつも買おうかどうか迷っていたので、本題はすっかり忘れて買ってしまいました。ちょっと高かったけど、苦くてうまいので、また買おうと思います。

2005-07-15

パルテノン多摩

朝は宝くじの発売開始取材、帰社してからは上司の代理で写真編集、そして午後から行ってきましたパルテノン多摩
僕にとって「名前は知っているけど、特に用が無いから行った事がない」施設の一つです。今回は多摩地域の学校の歴史を扱った企画展が行われているので、その取材で行ってみました。

駅から出ると眼前に広がるのは、ダタッ広い通りと、その先に鎮座するパルテノン多摩の左右対称な建物です。神殿と結びつけるのは納得という感じです。ただ、建物の外観は予算の関係だと思いますが、結構ガタが来ているというか、きれいに手入れはされているけど、老朽化は否定できないという感じです。

まちの雰囲気も「人工的だなぁ」というのが第一の感想です。そもそも「まち」とは人工的なものなのですが、長い年月を経て変化しながら形成されてきたまちと、最初から計画的に作られたまちでは、こうも違うのかと改めて思いました。

2005-07-14

テロ対策訓練の取材

大井埠頭で警視庁や海上保安庁、入国管理局などが連携して、テロ対策訓練が行われました。テレビなどでもチョロッと流れていました。

内容としては、敵役の隊員を捕まえるという類いの訓練なのですが、結構見ていて(取材していて)迫力があります。関係各所の方々の訓練ではありますが、僕自身の訓練にも多少はなった気がします。もちろん、本当の事件発生時には予定通り行かないですし、危険な訳ですが、警察はだいたいどういう動き方をするとか、何も知らないよりは知っておいた方が良い情報を得た気がします。無論、訓練が現実にならない事が一番ですけど。

今回一番大変だったのは、取材する事よりも、現地までタクシーでないと行けなかった事です。タクシー代が出ないのにタクシーでないと行けないところの取材をする。なんか変だなぁ...

2005-07-13

Firefox 1.0.5リリース

Firefoxの1.0.5がリリースになりました。
セキュリティー関連のアップデートが中心のようですが、安定性の改善もあるそうです。

セキュリティバグを修正したFirefox 1.0.5がリリース(ITmedia)

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2005-07-10

久々の料理

前日に上手いものを食ったのと、ここ最近の疲労困ぱい感を払拭したさに、久々に料理をしました。

なんとなくトムヤムを食いたいと思ったのがきっかけで、ガーデン自由が丘で「本格的なトムヤムクンが簡単に作れる」というセットと、ハンバーグも食べたくなったので「たいめい軒」のハンバーグ(ニチレイの冷凍食品)を購入。
ハンバーグを出すなら付け合わせ、ということで、もやし、ニラ、ニンニクの芽、ニンニクも購入して帰宅。料理を始めると、傷んだ油を先日すべて捨てた(ごま油、オリーブオイル、サラダ油、今考えるといっぱいあったなぁ)ことを忘れていたので、途中でBOSCOのオリーブオイルを買いに行くはめに。

付け合わせの方は、各素材をフライパンで炒めつつ、バルサミコ酢やらワインなどを適当に加えて塩胡椒して完成。バルサミコ酢はうまいけど、入れると料理が黒っぽくなるので、見てくれはあんまり美味しそうじゃないのが難点です。
トムヤムクンは僕の場合エビに対する執着がないので、入れません。なので作ったのはトムヤムです。トムヤムクン・セットのドライ・スパイスでダシを取りながら、付け合わせ用に買ったニラ、もやし、ニンニクの芽を入れて煮込んで完成。750cc位で作ったので、1人で飲むには多すぎましたね。

いやぁ、1年4ヶ月ぶりの本格的な料理は、結構うまかったです。ウィークエンド・ニート脱出とともに、自炊復活もいいかなぁと思いました。

2005-07-09

コンラッド東京でメシを食う

1日にオープニングの取材に行ったコンラッド東京へ、夕飯を食べに行ってきました。コース料理の「ゴードン・ラムゼイ at コンラッド東京」は予約が取れなかったので、アラカルトの「セリーズ by ゴードン・ラムゼイ」で食べました。このゴードン・ラムゼイ氏は、お店で毎日作るシェフではなく、お店や料理を考えるプロデューサー的なシェフなんだそうです(取材時にTくんが教えてくれた)。Tくんが日本人で例えたのは、あの料理研究家・服部先生であります。なるほど~

料理の方ですが、前菜はスモークサーモン、メインは牛ほほ肉の赤ワインなんとかで、前菜ではサーモンのほかにイタリアンミート(要は生ハム)とチーズの盛り合わせも注文。この生ハムがうまかったのとマスカットと種なしブドウが盛ってあったので一緒に食べるのがまたうまい!メインは美味しくて当たり前なので、はぶきます。口に入れると溶けるようでいて、しっかり味がありました。

デザートはティラミスを頼んだのですが、なんかバカでかかった‥今にして思えばこのティラミスだけでも写真を撮っておくべきだったと後悔。ぜひ店で大きさに驚いていただきたいものです。ちなみに、どの料理の値段も、質と場所の割には、この値段でいいのかな?という比較的良心的な感じでした。

店の外にはバーがあるのですが、カルテット(Vo, Gr, Pn, Dr)が生演奏をしており、食事中も漏れ聞こえてくるのがなかなか良かったです。ちょっと「ロスト イン トランスレーション」を思い出してしまいました。帰りに汐留駅に向かうエスカレーターを降りていて感じたのは、休みの日は人通りが少ないので、他の繁華街より食事の余韻が残ったまま帰れる、これって結構重要だなと思いました。

2005-07-08

Opera、ファイル交換技術組み込みテスト版公開

Firefoxを使うようになって、まったく立ち上げなくなったOperaなのですが、ファイル交換技術「BitTorrent」を組み込んだテクニカル・プレビュー版が公開されているらしいです。

「Opera」にファイル交換技術「BitTorrent」技術を統合(IT Pro)

僕はファイル交換ってのを使ったことが無いのですが、どうも自分のパソコンに対して他人がアクセスできるようになるというのが受け入れられないです。その辺みなさんはどう思っているんでしょう?

2005-07-07

耐衝撃ボディ採用ポータブルHDD

近ごろデジカメのファイルサイズが大きくなってますが、バックアップメディアの一つとしてハードディスクを使われている方も多いと思います。ただ、持ち歩き用には衝撃を受けることを考えると、ちょっと躊躇してしまう面があります。もう少し衝撃に強いハードディスクがあればと思っていたところ、こんな記事がありました。

バッファロー、耐衝撃ボディ採用&セキュリティ機能搭載ポータブルHDD(ITmedia)

家や事務所に母艦となるハードディスクがある上で、既存の写真のライブラリを持ち歩いたり、一時的なバックアップ用として使うには向いていると思います。
僕は一通り写真を入れておくハードディスクのほか、DVD-Rでバックアップを取っていて、家に保管してあります。ただ、会社でも古いデータを必要とすることもあるので、こうした持ち歩きに適したハードディスクもいいかなぁと思ってます。

ちなみに、最近の2.5インチHDDの状況として、HGSTが4,200回転で120GBというモデルを発表しています。
 日立GST、120Gバイト2.5インチHDD発表──情報家電向けにも展開へ(ITmedia)

また、7,200回転では、100GBモデルが5月にパラレルATA版が出荷開始され、シリアルATA版は今月出荷予定ということだそうです。
 Serial ATA/7200rpmタイプの100Gバイト2.5インチHDD、7月発売へ(ITmedia)

できれば、耐衝撃ケースでHDDは7,200回転100GBというのが欲しいです。

2005-07-06

ブログ検索エンジン

商品を買う前に、どんな評判なのかをブログや掲示板から拾ってくる人は多いと思います。僕もデジカメやパソコンを買うときはメーカーのホームページを調べた後、ブログと掲示板から情報を得ることがほとんどです。

ただ、Googleなどで検索すると、なかなか探している商品の評価に関するサイトにたどり着くのが大変です。ある程度検索に慣れた人ならば、なんとかしてお目当ての情報を得られると思いますが、世の中すべての人がそうとは限りません。Google以降、検索エンジンでこうした点を改善する動きがあまり目立たない気もします。

そう思っていたところ、5日にβ版のサービスが始まった「Accela Navi(アクセラナビ)」は、こうしたブログ上に載っている商品の評判を検索することに重点を置いた検索サービスだそうです。本来検索する人が入力する「目当ての結果が出てくる条件」をあらかじめ作ってある「カテゴリー検索」というのもあります。

進藤社長は富士通をスピンアウトして起業した方で、検索の条件式を作るのが結構楽しいとおっしゃっていました。会見で楽しそうに話をされているのを見ていて、「こういう人が新しいサービスを手がけていけば、誰もが楽に検索出来るようになるかも」という期待が持てました。

ちなみに正式版のサービスは8月末スタート予定だそうです。

2005-07-05

Yさん、京都へ旅立つ

2000年に某量販店で出会って以来、写真に関するさまざまなことを教えてくださったYさんが、数年前から本格化した京都研究をより充実させるために、京都へ旅立ちました。

Yさんには芸術としての写真の見方や歴史など、僕に欠けていることを機会があるごとに教えていただきました。また、多くの良い写真集も紹介していただきました。この経験が今の自分の仕事に役立っているのは言うまでもありません(生かし切れていないぞ!というのは指摘しないでください…)。

東京という、ともすると人情とは無縁になりがちな場所で、こうした人と人とのつながりを築けたのは貴重でした。Yさん、ぜひ喫茶店のマスターになってKさんと僕を京都に招待してください。
Yさんのご健闘をお祈りします。

2005-07-02

お好み焼きを食べる会

会社の友人Kyoさんの呼びかけで、お好み焼きを食べる会がありました。

本来はKyoさんと休日出勤を交代したときの"条件"として企画されたイベントだったんですが、どうせなら人数多いほうがおもしろいということで、会社の同僚で来られる人も参加という形に。お昼から始まって一応終了となったのは夜11時半。昼から飲み食いして楽しかったです。しかも、かなりの量を食べたはずなのに、ぜんぜん飽きない味がすごかった‥

昼の部と夜の部の間では、公園でフリスビーやったり結構健康的な一日。あー、これでウィークエンド・ニートは卒業かな。

2005-07-01

グリーンカレーと言われたら...

汐留にできた高級ホテル「コンラッド東京」の取材に行きました。まぁ取材は高級なレストランや客室を撮影できたり、建物の外観を地べたに寝っ転がって撮ったりと、おもしろかったです。

お昼頃に取材が終わり、いいタイミングでおなかが減ってきたので、同僚と汐留で昼飯にしました。ウロウロした結果、僕がカレーを食いたいと言ったため、とある店に入る事に。メニューを見ると「グリーンカレー」と書いてあるので、「あぁ、インドカレーがメインだけどタイカレーもあるんだな」と勝手に判断したのが失望の始まりでした。

しばらくして目の前に出されたのは、いわゆる「野菜カレー」。確かに「グリーンカレー」なんだけど、タイの「グリーンカレー」で口の中の準備ができていたので、見た目と味が一致しないというか、なんともヘンな感じでした。うーん、久々にちゃんとした昼飯を食べた割に、なんだか納得がいかない...