2006-08-31

都庁が五輪カラーに変身

2016年のオリンピック国内候補地になった東京都は、都庁を夜間オリンピックカラーでライトアップしている。

ライトアップは30日に始まったが、この日は候補地を決める委員会の取材を一日中していて、こうした周辺取材までできなかった。本当は30日の夜に出したかったが、31日に写真記事を出した。





最近写真記事を充実させようと、あれこれ考えている。
夜に都庁の写真を出す前は、皇居前広場で行われた陸上自衛隊と海上自衛隊のヘリ離着陸訓練を取材して、写真記事を出した。

ペン記事としてはあまりインパクトがなくても、写真で出すとおもしろいものもあると思うので、これからも写真記事だからことできることとか、写真でないと伝えられないものを探していきたい。

2006-08-30

Google Calendarに祝日を設定する

GmailなどのほかにGoogleはブラウザーで使えるカレンダーもベータ版ながら提供している。どのパソコンからも予定の追加などが出来、Excelの代わりにもなるGoogle Spreadsheetsと同様に便利だ。

ただ、このGoogle Calendarには祝日がデフォルトでは設定されていない。これだと使いづらい。
しかしGoogle Calendarの特徴である複数のカレンダーを使い分ける機能を利用すれば休日も簡単に表示できる。設定方法としては以下の2つがある。
・自分でカレンダーを作る方法
・すでに公開されている祝日カレンダーを利用する方法
 (Google Calendarは作ったカレンダーを公開できる)

自分で祝日カレンダーを作る
1. Create New Calendarで新しくカレンダーを作る。名前は祝日とかにしておくとわかりやすい。
2. 祝日の設定をする時は、元旦のように毎年決まった日が祝日のものは、Repeats欄をYearly、Repeat every欄を1 yearにする。これで毎年設定し直す必要はない。
3. 海の日のように年によって日が変わる場合は、毎年設定するしかない。
4. カレンダーの色を赤系統のものにしておけば、祝日っぽくなる。

すでに公開されているものを読み込む
1. 画面左側のCalendarsにあるOther Calendars右の+をクリック。
2. Add Other CalendarのSearch Public CalendarsにあるSearch Criteria欄に「祝日」と入力して検索する。
3. 検索結果から使いたいカレンダーが見つかれば、「Add Calendar」ボタンを押してカレンダーを追加しておしまい。

このようにいずれかの方法で祝日が表示されるようになると、今までよりGoogle Calendarが使いやすくなったように感じるから不思議だ。

カレンダーを複数用意できることを応用すれば祝日以外にも便利な使い方が見つかるかもしれない。

2006-08-28

EF-S 17-200mm F3.5-5.6 IS USMは出るのか?

24日にキヤノンの新型デジタル一眼レフ「EOS Kiss Digital X」の発表会(写真)があった。
家族向けの機種の発表なので、そろそろニコンの「AF-S DX VR Zoom Nikkor ED 18-200mm F3.5-5.6G(IF)」に対抗するレンズが出るかと思ったら出なかった。これは一本でワイドから望遠までカバーしている上に、手ブレ防止機能もついている便利なレンズだ。

もしキヤノンで同種のものが出れば、EOS 30Dとこのレンズがあれば、たいていの取材はレンズ一本で済むようになる。
実際、D200と18-200mmという組み合わせは会見などでよく見かける。

報道の用途ではF2.8クラスの明るいズームレンズがどんな条件でもつぶしが効くため重宝がられている。
しかしISO 800以上の高感度を躊躇無く使えるようになった現在では、撮影内容にもよるが以前ほど明るいレンズにこだわる必要性は低下した気がする。重いF2.8ズームよりも、多少暗くても機動力のあるレンズの方が撮影に集中できると言う点ではメリットがある。

なんだか大砲を備えた戦艦を中心とした大鑑巨砲主義から、航空機と航空母艦を組み合わせた機動部隊に移行して行くような感じだ。
無駄に体力を消耗しないためにも、時と場合に応じて両方を使い分けられる時代がキヤノンにも早く訪れてほしいと思った発表会だった。

2006-08-15

靖国取材

今年も靖国の取材に出かけた。朝5時半少し前に着いたが、すでに門の前には100人以上の報道陣がいた。参拝客より圧倒的に多い。テレビ各局は前日の夜から中継をしていたので、予想はしていたがすごい数。同じ時間でも戦後60周年の去年は数えるほどしかいなかったのに。

6時の開門と同時に本来8時から開始の報道受付が始まってしまい、挙げ句の果てに殿内取材は100人限定なのにテレビ局が一社で25枚とか取ってしまってパスがまわらない社が続出し、後々調整することになった。僕は調整している間に撮影場所がなくなっても困るので、殿内はあきらめた。一人でやる場合、最低でも写ってないと話にならないから仕方ない。

しばらくして外国通信社の諸先輩方から「7時40分に到着殿から入る可能性が高い」という情報をもらい、それにあった撮影場所を考える。

時間になればあっというまで、小泉到着→参拝→靴をはく→出発、という感じだった。参拝中に到着時の写真をパソコンにコピーできたので、小泉が出発してからは比較的早く写真を送ることができた。

その後は国会議員の団体参拝や石原慎太郎がやってきたりしたので、随時対応して夕方まで撮影した。

それにしても、今回は場所取りが重要のなので脚立を一段、二段、三段の3つを持って行った。カメラ関係とパソコンで15kgあるのにこれは結構つらい。電車で移動する範囲を超えているが、今日も電車で移動した。まぁ、一人で撮った割には何とかなったかなと思う。

2006-08-14

星野道夫展とWPP 50th Anniversary

カメラマンの友人から銀座で開かれている星野道夫展のチケットをもらったので行ってきた。あとは前から行こうと思っていた世界報道写真大賞の50周年記念展(World Press Photo 50th Anniversary)にも行ってみた。

〜World Press Photo 50th Anniversary〜
まずは恵比寿の写真美術館で行われている記念展。「絶望と希望の半世紀」というタイトルなので「絶望 大人一枚」と言ってチケットを買う。結構重い写真が多い割に、見に来ている人が多い。

知っている写真が多かったが、かつて買ったリトルモアの「FOIL」が既存の報道写真の終わりを表すとともに新しい時代の始まりとして紹介されていたのが印象に残った。このFOILの第一号は奈良美智と川内倫子がアフガニスタンを撮った写真が載っている。

〜星野道夫展〜
次に銀座の松屋で14日まで開かれている星野道夫展。写真以前に「見に来た人を見る」ような混み具合に圧倒された。
彼は写真家としてアラスカに行ったのではなく、アラスカを知りたくて行ったと言うようなことが書いてあり、ごもっともというか、そういう気持ちで挑まないといけないなぁと痛感。

〜2つの写真展をまわって思ったこと〜
インターネットの普及により世界各国の情勢を細かく知ることが出来るようになった。しかし、情報を得にくかった時代の写真の方が世界を動かすような力があったように改めて感じた。

写真の力が弱くなったのか、一つ一つの情報の価値が薄まってしまったのか、受け手が世界情勢を以前より知るようになって、軽く受け止めてしまっているのか。僕の中では世界のことが手軽にわかるようになって、かえって自分の周りにしか関心が持てないようになってきているんじゃないかと感じる。そういう意味では世界の貧困などを伝えるだけではなく、もっと身近な問題も同様の手法で伝えられないものかと思う。

2006-08-09

パクチーの日

8月9日はパクチーの日。我々日本パクチー狂会が制定したもので、今回の会場は中目黒の「東山」。和食のお店でおしゃれな感じだった。
5時半から1時間ほど北越製紙本社で会見があったが、なんとかカンパクを執り行う「8時9分」より前に「東山」に到着。着いてすぐさま仕事の続きを店内の一角で始め、カンパクが終わった後も8時半頃まで写真出稿後のフォローなどに追われた。

昨年はこのイベントに所用で参加できなかったが、参加できてよかった。料理もいつもは「パクチー原理主義」と言っても良いくらいパクチーが前面に出た感じだったが、今回は和食の中からパクチーを発見するような感じで、和とパクの融合を満喫できた。
パクチーというものを通じて、今回も新たな出会いがあり、楽しいひとときを過ごせた。たまにはこうした気分転換が大切だなぁと痛感する宴でもあった。

写真は会見にのぞむ北越製紙の三輪社長。彼はパクチーの日のイベントには参加していない。念のため。
狂会々長が書いた記事はこちら。僕の写真は2枚載せた。

2006-08-07

広島日帰り取材

行くべきかどうか数週間前から迷っていた。だが、昨日の夜中に「やはり行くべきである」という結論が突如降ってきたので、朝から広島へ向かい、6時すぎまで滞在した。

今回の目的は、最近騒がれている原爆ドーム近くの高層マンション建設の実情を知るため。どんな景色になっているのかを知っておきたかったし、マンション建設中の写真を残しておきたいと思ったからだ。

それに次の節目となる65周年や70周年を見据えると、その時だけではなく、毎年行ってこそ分かることもあると思う。

平和記念公園周辺で一通り写真を撮った後は、友人たちと合流。旧日銀広島支店で行われているポスター展や写真展、折り鶴展を見学した。折り鶴については、警備員さんがいろいろと解説してくれた。

その後、川辺を歩いて原爆ドーム周辺へ戻る途中、我々の一団に声をかけてくれたおじさんがいた。このおじさんが話してくれたことを、うまく記事化できればと思う。

2006-08-02

トラックバック機能を追加

トラックバック機能のないBloggerに、クリボウさんの「クリボウのBlogger Tips」を参考に、HaloScanを導入して機能を追加した。

これでとりあえず「ブログらしい」状態にはなったと思うが、カレンダーは導入にあたっていろいろ障害があるし、カテゴリーはないし、「最近のコメント」を表示するのも一筋縄にはいかなかったりと、やはりBloggerで運用するのは楽じゃない。一番良いのは従来使っていたExciteでJava Scriptを解禁してくれればもとに戻せるのだが...

イメージイラスト v.s. 現在の写真

新東京タワーに関連して、墨田区がグランドデザインを策定している。これに対するパブリックコメントを1日から受け付け始めた。
お盆前の時期に出る新タワー関連の記事は、これが最後になるんじゃないかと思う。

せっかくなので、31日にイメージイラストとほぼ同じ位置から写真を撮ってみた。
従来もイラストと比較する写真を載せてきたが、これは吾妻橋から撮ったもので、ちょっと位置が違っていた。
今回は結構イイ線いってると思う。

グランドデザイン自体は概念みたいなものなので、具体的にどんな建物が建つなどの話が出て来ない。
なので、あんまり賛成・反対という切り口のものではないだろう。「ここはこうしたほうが良い」などの建設的な意見が全国から多く集まってほしい。

あとは新タワーに頼らなくても地域が活性化するような動きが、地域経営ゼミなどを通じて墨田区内に根付いて行けば、2011年のタワー完成時には部分完成の状態でも、そこから10年、20年かけて新しいすみだが育っていくだろう。

2006-07-30

隅田川の花火

金曜に連載が終わって"前期の筆記試験"が終わったような気になっていたが、土曜は実技試験の日という感じだった。隅田川花火大会の花火を撮影し、記事も書かなければならなかったからだ。

いままで花火の写真をまともに撮ったことがなかったので、どう撮れば良いのかはわからず、ひとまず昔買った雑誌に載っていた花火写真家の記事を読んでおいた。

夜7時すぎに撮り始めたが、勢いよく花火が上がっているときは、露出がオーバー気味になり、いい絵になりにくい。適度に勢いがいい時を狙って撮ると、まあまあの出来。

8時半に大会が終わったが、記事をまとめて写真も編集しなければならない。一人二役。記事は予定稿を用意しておいたので、それほど時間を掛けずに書き終わった。その後は「花火大会らしさ」「来年は行きたい」と見た人に感じてもらえる写真を探して送った。

7月の最終週は、月曜日の観光案内所オープンの取材に始まり、火曜から金曜の連載、金曜に新タワーアンケートの中間結果発表、そして花火大会と"すみだWeek"という感じだった。
花火大会が終わった今、やっと僕にとっての前期試験が終わった。来週は少しリラックスできる日々を送りたい。

2006-07-29

連載が終わった

5月から通いつめた早稲田の地域経営ゼミを通して「新東京タワーのことを考える」的な連載を全4回で書いた。内容としては好きなことなので良いが、いざ記事としてまとめようとすると難しいと改めて痛感。

構成を考える段階で、各回で取り上げる事柄は決まっても、どの部分を落とすかが悩ましい。できれば事細かに書きたいが、それをやると本当に長くなってしまう(出した記事も長いと思うし)。学生のみんなにはアンケートに答えてもらったので、極力多く取り上げようと頑張ってはみた。

内容をある程度決めたとはいえ、事前に書くポイントを決めてしまっては、単に記者が狙っている所だけを書くことになってしまう。そうではなく、なるべく自分が経験したり、学生や講師の人たちから出てきたことをありのままに書きつつ、そこから感じられる「地域活性化のキモになる要素」をいかに抽出してまとめるかが課題だろうと思って挑んだ。

次の連載では今回の反省点を生かして、毎日死亡しないように乗り切りたい。

2006-07-24

地味なまちネタ

墨田区の観光案内所ができたので、新東京タワーがらみで取材に行ってきた。
案内所なので新タワーの新材料が出るわけでもなく、地味な記事だ。

こういう地味な内容は読まれる/読まれないでいけば読まれない。
しかし、新タワー建設後のまちづくりなどを考えると、決して無視できるものではない。
観光案内所でどういう商品を取り揃えているか、どの程度の広さなのか、区の施設に入居している小さな企業の製品が紹介されているか...

細かいことになるが、区が新タワーを観光の起爆剤に位置づけている以上、今から小さな動きを見つめていく必要があると思う。
たとえ今読まれなくても、1カ月後、1年後、3年後にこんなことがあったんだという記録を残すのが、新タワーをずっと取材している自分の役目なのだろう。

記事というよりは資料という言葉の方がしっくりくるかもしれないが、これからも地味な話題でも極力記事として残していきたい。

2006-07-23

Google検索を付けてみる

Bloggerに移行以来、エキサイト時代に比べて、カテゴリがなかったり、トラックバックができなかったりと結構不便なブログライフを送っている。正直エキサイトに戻そうかとも考え出す始末。

とりあえずサイドバーにGoogle検索をつけてみた。しかし思っているような検索結果が出ない...
そろそろ「第3のブログ」を真剣に探そうかなぁ。流浪の民生活は終わりそうもない。

2006-07-14

デザイン交番の写真が今夜テレビに!

深夜2時台ですが、昨年私が撮影したデザイン交番の写真が、テレビに出るそうなので告知!

番組名:テレビ東京 Design Channel
放送予定日:7月14日(金)26:45~
内容:公共デザイン(の一部)
番組サイトはこれ

公共デザインだから、デザイン交番がメインというわけではなさそう。
なので数秒しか写らない可能性もなきにしもあらず...

2006-07-11

スカシほか2件

今日は朝の東京地裁からスタート。
宮内の公判があるので9時過ぎに着いた。以前から狙っていた場所を確保し車を待つ。
残念ながら宮内と岡本は顔が撮れる状況ではなかったが、熊谷はタクシーだったので比較的楽なスカシで撮影できた。
しかし、熊谷は今日の公判ではあまり記事になるような発言をしなかったらしく、写真はボツに。

一度社に戻って、昼からは外国特派員協会(FCCJ)へ。
馬英九・台北市長(国民党主席)が講演者で、英語が非常に流暢だったのが印象的。今調べたらハーバード大卒だそうだ。
前日は同じ場所でボブ・サップが会見したが、彼は話が始まるとすぐにマイクを口元に寄せてしまい、結構撮る角度に苦労した。
今日の馬氏もちょっとマイクが近かったが、昨日に比べれば楽な方だった。
FCCJは以前から取材に行く機会が多く、落ち着いて撮影できる。しかし、マイクの位置は始まってからも登壇者が変えてしまう可能性が高く、終わるまでは気が抜けない。

昼食後は日本記者クラブでジュディ・チェン-ホプキンズ国連難民高等弁務官補の講演。
どうやら老眼鏡をかけるらしく、ちょうど目にフレームがかかってしまうのに苦労した。
Q & Aではメガネを外す場面もあったが、だいたい表情がいい時はかけている時で、出稿した写真は結局かけているときのものになった。

ニュースの写真というのは、一見たいしたことないように見えるが、あれこれ工夫した結果として「普通に見える写真」が世に出ていると思っていただければ幸いである。やっぱり、マイクを食べてるような写真などは、見比べてしまうとおかしくみえるものだ。

2006-07-05

Google Spreadsheetsベータ版

Google Spreadsheets(GS)はGoogleが提供するWeb版表計算ソフト。現在はベータ版なので招待制となっており、「Google Account」を作成しておくとGoogle側の用意が整った段階で招待状が送られてくる。登録はこちらから。

使い始めて約1ヶ月経つが、第一印象は動作が重い。これは回線の速度というよりは、サーバー側のレスポンスに依存する問題と考えられる。
GSはCSVやXSL形式のファイルを読み込めるので、Excelなどの表計算ソフトで作ったデータのうち、いつでもどこでも更新したいものを読み込んで使う用途には向いていると思う。反面「Excelの代用品」という使い方は、機能の問題よりもレスポンスの点で現時点ではちょっと厳しいだろう。

僕の場合は、カメラ(EOS-1D Mark II N)のバッテリー充電履歴をExcelで管理しているので、これをGSに読み込んだ。これでどのパソコンからでも履歴を更新できる。

当面はこうした「一度作ったデータを読み込んで更新していく」というスタイルで使っていくのが、ストレスを感じない使い方かな、と思っている。

■Google Spreadsheets関連記事
なぜGoogle SpreadSheetsの機能はライバルに劣るのか(2006.6.23 ITpro)
Ajaxを駆使したWeb表計算「Google Spreadsheets」を日本語環境で試す(2006.6.8 ITpro)
米Google,Webベースの表計算プログラムを限定テスト公開(2006.6.7 ITpro)
Google Spreadsheetsは「プアマンズExcel」(2006.6.7 ITmedia)
「Google Spreadsheetsは10年古い」とMicrosoft(2006.6.7 ITmedia)
「Google Spreadsheets」、順番待ちを避ける裏技は"共有"(2006.6.7 MYCOMジャーナル)
米Google、表計算Webアプリケーション「Google Spreadsheets」ベータ版(2006.6.7 INTERNET Watch)
ウェブベースの表計算プログラム「Google Spreadsheets」、まもなく登場へ(2006.6.7 CNET)
米Google、Web表計算ソフト「Google Spreadsheets」を公開へ(2006.6.6 MYCOMジャーナル)
「Google Spreadsheets」、テスト開始(2006.6.6 ITmedia)

2006-07-02

新しいストラップ

キヤノンのサービスから新しいカメラのストラップが会報と共に送られてきた(
写真上)。以前同社が配っていたものと同じ赤いストラップだが、材質などが変わったらしい。

僕が使っているカメラ(EOS-1D Mark II N)のストラップは、まだ半年くらいしか使ってないのに、5月を過ぎたあたりから、2台ともボロボロになりだした(写真下)。
このことを以前サービスセンターで「付属ストラップは、毎日使ってるとこんなんなっちゃうんですけど、どうにかならないですか」と担当氏に言ったところ、「7月に会報を送るときに新しいストラップも試供品として送るらしいですよ」との情報を得たので、「切れかけストラップ」で我慢していた。ちなみに新ストラップは、昔のをヤフオクなどで転売する人が多かったので、今回は市販もすることにしたらしい。

付属のストラップは布の部分と裏面の滑り止め部分に一体感がなく、「いつかバラバラになるであろう」という予感は買った当初からあった。あと致命的なのが結構滑りやすいこと。
一方、ニコンのサービスから配られたストラップは、一体感があり、ゴアゴア感もなくて滑りにくい。できれば同じもののキヤノンバージョンがあればというのが本音だ。

新ストラップは使い始めたばかりだが、付属品よりは滑らなそうな点はよかった。これでニコン並みの使い心地なら良いのだが...

2006-07-01

Excite Blogから移行

2004年9月からスタートした当ブログ。
ExciteではJava Scriptが使えない、というのを主な理由として、Bloggerへ移行することにした。

ただ、Bloggerでは以下のような不満があるので、今後カスタマイズで対処していく予定。
・カテゴリーがない
・カレンダー表示がない
・トラックバックができない
・「前のページ」「次のページ」ボタンがない

上記はカスタマイズでなんとかなるものもあれば、そうでないものもある。
どうにもならなければ、レンタルサーバー+Movable Typeという組み合わせで再構築するしかないかなぁと考えている。

現状は旧サイトからエントリーをコピー&ペーストしただけ。
なるべく早いうちに手をつけられるところから改良していこうと思う。

2006-06-24

渋谷は市街戦にならず

22日は普通に働き、一度自宅へ戻った後に終電で出社。そして3時にヴェルファーレへ。6時前に敗退が決まって会場を出るにも、エレベーターに乗るまで10分近くかかり、30分後にやっと渋谷に着いた。

交差点からセンター街入り口を見てみると、どうもいざこざっぽい。信号が青に変わると、当事者と思われる外国人がこっちへ向かって警察官にしょっぴかれてくるではないか!
ということで、警官と外国人に突撃。 「ボク ワルイコトシテナイヨ。ドウシテ? Why?」という感じだった。

しばらくすると、先ほどセンター街付近で暴れていた者が警官に噛み付いている。これも大事じゃなかったが、寄って撮る練習になるので突撃するも、他社の食いつきはイマイチ。

その後、7時には機動隊が引き上げ始めたので、しばらくして渋谷を後にした。
特にこれといった騒ぎのない、平和なW杯後であった。

2006-06-14

シンドラー社の会見

「シンドラーの」と言われたら大抵の日本人が「リスト」と答えていたのが、「エレベーター」を思い浮かべるようになってはや数週間。やっとスイスからも幹部がやってきて会見が行われた。

会見の中身はおおかたの報道の通り、遅くなったことについては詫びるが「自社の非は現時点では認めない」というものであった。

この手の会見に慣れてない会社だと、一社あたりの質問の数が無制限だったり、終わる時間が見えなかったりと、“次”がある人間にはやりくりに悩む取材となる。記者の質問に答え続けるのは良いのだが、やっぱり最長で2時間(今回なら7時まで)というのが一つの目安なんじゃないか。

結局AP、ロイター、AFPの主要外国通信社3社のうち、ロイター以外はシンドラーに来た人がパブリックビューイングの取材も入っていたため、1時間半から2時間近く経った時点で引き上げていった。

僕も7時頃に「最後の2問」というから待っていたが、1社がだいたい3問くらい質問するので、「最後の2社」というのが実情。結局は8時前になってしまった。その後も「質問がある以上、全部答えるのが説明責任だ!」という社もおり、まだまだ続きそうな状況だった。

かといって次のW杯関連取材もやらないわけにいかないので、新たに僕らの仲間に加わってくれた記者のKさんを残して先に戻らせてもらった。Kさんが戻ってくると、8時半までやっていたらしい。会見を3時間半もやった会社って僕は初めてだ。

2006-06-09

村上祭り

月曜日は村上ネタ。こういう祭りは個人的に大好きだ。
前日に他社の友人から「結構展開が早いかも」という情報を得たので、朝6時半にはヒルズに着いた。ひとまずレジデンスやレジデンスからタワーへ向かう通路などを一通り見て回った。朝はワイドショーがあるので、絵的にわかりやすいレジデンス前が人気だった。僕はヒルズ内で村上氏を撮る機会はまず無いだろうと思い、強制捜査狙いでタワー正面に3段脚立を置いた。

しばらくすると前述の友人から「11時に東証で会見やるらしい」との情報が入る。
一度会社へ戻り、置きっぱなしにしてある2段脚立を持って下へ降りた。やはり自宅から3段を持ってきて正解だった。そして正面のポイントはまもなく出社する新人Sさんに託し、戦友の域に達した同僚T君と東証へ。

東証に到着すると、クラブが持っている会見室でやるらしく、エライ混雑だった。普段なら50人くらいで満員になる部屋に少なくても200人近くが殺到。僕が着いた時点でまだ中に入れる状況だったが、村上氏は出入りも絵になるので、会見中をどう撮るかは別として、入口で待機した。

11時前には村上氏がやってきた。予想通りもみくちゃになって表れ、会見室に入っていった。さて、入りは撮れたものの、この状況でどう部屋に入るか。
「混んでいたので会見中の写真は撮れませんでした」とはいかないので、身動きがほぼ不能な状況で広角レンズを望遠に交換して記者と記者の頭の間から村上氏の顔をねらう。

♪むちゃくーちゃー じゃーま やっちゅうねん、この頭もあの頭もぉ~♪

こんな替え歌が頭をよぎりながら、なんとか後ろから押されるタイミングを利用して前進し、会見中のお顔を撮ることに成功した(本当に使える写真が撮れていたとわかったのは東証を出てからだが)。しかし、会見は1時間半にもなり、つま先立ちを続けたため、足と背中が異様に痛くなった。

トークライブと言った方がいいような会見を終え、部屋を出るのもまたすごかった。とりあえず出てきたところで顔のアップを撮り、あとは混乱する現場の全景写真を撮った。エレベーターホールまで追わないというのが約束らしいので、今回は約束を守ってみた。まだ一日長いし。次からは守らないかもしれないけど。

大手はその後駐車場から出た車を追跡したらしいが、僕らにはそれは不可能なので、東証の外で写真電送を開始。送り終わってからは六本木へ戻り、新人Sさんと合流。交互に休憩を取った。

休憩後は正面以外のポイントをチェックしたが、変化なし。やはり正面から検察が入る以外には撮れるものが無いと思い、タワーと検察の“入り”を絡められる場所に僕が、タワーの入口にSさんを配置して様子をみることにした。

「25人くらい改札を出たところにいる」。前述の友人が知らせてくれた。やはり正面からタワーに入るようだ。「いま向かった」という連絡からしばらくするとテレビカメラを先頭に、カバンを持ったスーツ姿が見えてきた。正面から撮った後、タワーを絡めて“入り”を撮影。念のためタワーの入口にも向かうが、タワー内の写真を撮ってもメリットがないのでやめる。

強制捜査が始まれば外にいても意味無いので、早々に社へ戻る。何かあれば降りればいいだけなので、こういうときだけは会社の所在地の恩恵を感じる。撮った写真を出してからは、検察が資料を持ち帰るところを撮るために、また下へ降りた。段ボールを積んだ車を撮るだけなので、10時半まで待って動きが無ければ終了ということになった。

結局、決めた時間まで待ったものの、動きが無いのでT君と一杯やって帰ることにする。その後も現場に残った他社の友人たちの情報を総合すると、夜中に出た車がそれだったらしい。

いやいや、長い一日であった。そして長いエントリーであった。

2006-05-21

ニューバランス M2001

土曜日に以前から探していた靴が見つかった。ニューバランスのM2001というモデルだ。3年ほど前から同じもの(写真後方)を履いているが、この1年は特に酷使したためか、かなり傷んできており、自分がまっすぐ立てない状態になっていた。その割に買う予算がないのと店頭で見かけなかったので、姿勢がおかしいものの履き続けていた。

今回はたまたまダメ元で入ってみた店で発見した。色は黒しかなかったが、3年間グレーを履いたし、できれば黒をと思っていたので丁度良かった。金銭的に余裕はないのだが、かなり歩きづらさも限界に達しており、見つけたときに買わないとまた疲れやすい日々を送らなければならないと思って決心した。

値段はハッキリ言って高いが、やはり他の靴とは履き心地が違うのと、長時間歩いても疲れにくい。一日中歩き続ける今の仕事を続ける上で、靴選びはカメラ選びと同じくらい重要だ。一足だけだとヘタりやすいので、金銭的に余裕ができたら海外の通販サイトで買い増したい。

2006-05-17

コリャすごい

民団と総連の会談を取材した。当初の予定ではビッグサイトへ行くことになっていたが、会場へ向かう電車の中で同期2人とメールのやりとりをして役割分担を決めた。うまい具合に連絡が取れたため、開始時間にも間に合った。先遣隊となったT君が会場の状況報告とデジカメで動画、Kさんが記事、僕が写真という分担になった。あうんの呼吸で動ける仲間と仕事をできるのはうれしい。

会談の内容について触れる人は多いと思うので、僕は韓国メディアと日本メディアの取材手法について気付いた点を書いてみたい。特段目新しいことではないが、お国柄の違いを国内で実感できた貴重な体験であった。

総連本部に着くと、当然ながら韓国メディアが相当数来ている。報道陣が多いのは見慣れているが、彼らの取材手法がすごかった。とにかく民団のハ中央団長や総連のソ議長達に突っ込んでいくのだ。両団体関係者の記念撮影が始まる頃には大混乱になった。

日本のメディアも同様のことをするが、混乱が生じると声を出し合い、皆で一度少し下がるのが普通。あまり相手に寄りすぎると結果的に誰も撮れなくなるからだ。でも韓国の人たちは突撃体制のままである。また、日本人なら割り込まれると腹を立てるが、彼らは割り込まれたら自分もより撮りやすい場所に移動する感じだった。まぁ、つまらないケンカをするより、このほうが良い気がする。

日韓双方のメディアの印象をまとめると、日本メディアの場合、まず各社に問題のない状態にして、後は各自競争するというイメージ。韓国メディアは最初から競争と感じた。とにかく彼らは熱く取材していた。これが国民性の違いなのだろう。しかし総連の中は蒸し暑かった。

2006-05-16

ワードロンダリング

以前から言葉の使い方一つで、本来好ましくない行為が、さほど罪悪感のない行為として、世の中で受け取られていると感じていることがある。その一つがサラ金業界がよく使う「キャッシング」という言葉だ。

カタカナにすると悲壮感とか暗い感じが伝わってこないが、要は「借金」。同じように「援助交際」だって交際ではなく「売春(買春)」である。こうした言葉のマジックを僕は「ワードロンダリング」と呼んでいる。まぁ、「マネーロンダリング(資金洗浄)」の言葉版ってことでこう名付けたけど、サラ金のCMを見てると「イメージロンダリング」なのかなぁ、とも思う。

どっちにしても、物事の本質を見失うような細工がメディアを通じて行われているのはいかがなものか。今回のアイフルの件にしても、ほとぼりが冷めれば業界全体でCM出稿量は元に戻るだろうし、世間も安易に借金をするリスクをどれだけ考え直すかと言えば、さほど真剣には考えていないのではないか。

結局個人の倫理観になるわけだが、こうした事件を契機に本来好ましくない行為を見つめ直す動きがあまりないことが、アイフルの決算会見を取材している時に少々心配になった。

2006-05-14

タイフェスを本当に食べ尽くす

13~14日の2日間、代々木公園で開かれたタイフェスティバルに、日本パクチー狂会の会員として参加した。出展している全38店の料理を食べ尽くす企画「タイフェスを食べつくせ!」を実行し、写真に残すためだ。

初日の13日は雨+肌寒い天候で歩道橋の下を陣取って参加。こんな天気なのに結構人が来ているのも驚いたが、狂会の陣地にも多くの知人や知人が連れてきた人がやってきて、楽しい宴であった。僕と数名は夕方からビールの名店・両国「ポパイ」での麦酒部の飲み会に行くことになっていたが、悪天候だったこともあり、狂会全体で移動することに。ポパイでも数ヶ月ぶりにあう人と会話とビールを楽しんだ。

14日は昨日食べられなかった店を食べ尽くすことに。好天に恵まれたため、前日の3倍近い人が来ていた。こんなにタイ好きが多いのかと思うと同時に、両日を通じてタイの人を多く見かけた。

狂会が食べ尽くした結果、一番おいしかった店が「CHAOTHAI(チャオタイ)」(写真上)、パクチーに対して最も理解のある店が「プラトーン(webはなし)」(下)に決定した。決定後はお店を再訪してご報告し、記念撮影を行った。

それにしても、パクチーというものを通じて、これほど人付き合いができるとはすごいと思った。
会長の活動力と人脈によるところも結構あるが、それにしてもパクチーは偉大だ。

2006-05-03

都営池袋アパート

池袋駅北口にある都営池袋アパートの取り壊しが先週あたりから始まった。1950(昭和25)年10月に完成したこのアパートは、数年前から立ち入り禁止状態であったものの、なぜかそのままの状態で放置されていた。景気が上向いてこの辺も再開発でもするのだろうか。

1950年というと現在は東武池袋店となっている「東横百貨店」が開店した年で、2年後の52年に北口が開業している。西武のある東口では51年からヤミ市対策が始まるが、北口も含め西口周辺は1961年に西口マーケットの取り壊しが始まるまでは終戦直後の状態が長く続いていたようだ。その中では、この3階建ての都営住宅は近代的な建物だったのだろう。

池袋という街はここに代表されるような、なんとなく暗い影が街全体にあり、新宿や渋谷とも異なる雰囲気を醸し出している。自分の卒論でも書いた「ハレの場になりきれない繁華街」という印象が強い。しかし、最近東口の「らーめん名作座」とその周辺の店が一斉に閉店するなど、再開発の兆しが見えている。名作座周辺の場合は再開発というよりは明らかに「地上げ」なんじゃないか?とうがった見方をしてしまうような変化だが。

街が時代の流れにそって変化していくのは当然だが、没個性な街に池袋が陥らないことを祈りつつ、ある程度はダサイ繁華街の汚名を返上してもらいたいという複雑な気持ちになった。

2006-04-30

またしても雨の小菅

堀江被告が保釈される見通しになったので、27日は朝6時半には東京拘置所前に着いた。今回も天気が良くない。着いた頃には雨がぱらつき始めていた。あたりを見ると、やはり他の被告とは異なり、早朝なのに脚立の数が多い。前夜、保釈後に拘置所前で会見をすると聞いていたが、そのまま車が出ていってしまう可能性もゼロではないので、ひとまずいつもの場所に2段脚立を置いた。

前回(熊谷保釈時)雨で大変な思いをしたので、前日にノースフェースのレインコートを購入しておいたが、これが体力と気力の温存に役だった。多少高くても快適に長時間過ごせる方が大切だからだ。靴も前夜に撥水スプレーをかけまくったので、水がすぐには滲みてこない。カメラやバッグもビニール袋で覆ったため、雨の心配は不要だ。

昼ごろになると、そろそろ保釈決定の一報が来るかなと思ったが、まったく来ない。場が閉まる3時を過ぎても変化がないので、これはまた明日来なければならないのかなぁ、という空気になる。この段階でひとまず拘置所前の写真を電送して、現状を報じる記事が出た。

結局7時頃に決定の連絡が入り、ある意味一安心。最後まで会見がどうなるかが揺れたが、最終的には門内であいさつしておしまいという事に落ち着いた。中村→宮内→熊谷とスカシ撮りをやってきたので、堀江も同様に門から出た車内を撮って、「4部作」は完結となった。

2006-04-15

初のコラージュ作成

上場廃止に関するまとめ記事用に名刺の写真を撮った。撮ったはいいけど、なんか絵的に間延びしてしまうので、どうにかならないかなぁと考えていた所、ある人物のあるポーズの写真を思い出した。

試しに名刺の写真に重ねてみた所、結構バランスがとれた。前々からまとめ記事にはコラージュも使ってみたいと思っていたので、実用第一弾として出稿してみた。まだまだコラージュの出来は不満足だが、これからも挑戦していきたい。

2006-04-14

株価ボード

1月16日以降、大きな株価の動きがありそうな時は、証券会社前にある株価ボードを撮ってきた。最終週となる10日から13日までの4日間は、ずいぶん前からすべて写真を撮ろうと決めていた。後は何日目にどこで撮るかを決めるだけだった。

4/10 雨の中、東京駅八重洲口にある新光証券前で撮影。ここは株価ボードのほか、ニュースが流れる電光掲示板があるので、2パターン撮れる。雨で傘を差している人が行き交っていたので、電光掲示板を撮った方を使うことにした。

4/11 前日が八重洲口だったので、この日は丸の内にある三菱UFJ証券前で撮影。ここは終値以外も表示されるので若干わかりにくいが、なかなか4753が表示されるボードが無いので貴重な存在だった。見つけ出すまで苦労したけど。

4/12 再び八重洲口の新光証券前。今回は株価ボードにした。このボードも事件になった頃は4753を表示していなかったが、しばらくして表示されるようになった。ただ、表示位置がかなり下の方なので、かばんを持った人が来るのを待つことが多かった。やっぱり株価ボードを見ている人がいることを想起させる絵柄にしないと、単に株価ボードを撮っただけの写真になってしまうから、この辺はこだわってみた。

4/13 取引最終日は東証で撮ると決めていた。11日に別件で東証に来た際に、職員の人から13日は撮影用に「サービス」があるらしいと聞いていた。
当日朝電話すると、「サービス」の詳細を説明してくれた。通常は午後3時に場が閉まってから、東証内の電光掲示板は約2時間かけて全銘柄を表示するのだが、4753までは早送り、直前にスピードダウン、再度早送りと、終値を2回撮れるようにするというものだった。記事では2回目に撮ったものが2枚(株価だけの記事と、まとめ記事)使われたが、1回目に撮ったのが右上の写真だ。

これでしばらく別の問題企業が出てこない限り、個別の株価を撮ることはないだろう。あとは日経平均ぐらいだろうし。
しかし、なんで最近生放送を始めた人たちは取引最終日すら自分たちで取材しなかったんだろう。千人以上の株主が訴訟を起こすほどの大事件なんだから、東証なり街中で取材すべきなんじゃないかなぁと、人様のことながら考えてしまった。

2006-04-10

D2Hs→EOS-1D Mark II N 半年経過

2005年10月からEOS-1D Mark II N(以下Mark II N)を使い始めてはや半年。
Mark II Nの長所や短所をまとめてみたい。

---長所---
・感度をISO100-1600のどこに設定しても問題ない画質
・天井バウンスでスピードライトを使っても色調が大きく崩れない
・オートホワイトバランスが概ね正確
・クロスセンサー以外のAFセンサーも結構正確
・ほぼレンズのオリジナル画角で使えるAPS-Hサイズのセンサー
・トリミングしても余裕のある800万画素
・意外と長持ちするニッケル水素電池
・構えやすいボディー
・アダプターを使えばNikonのレンズが使える

---短所---
・突如Err01が表示されて撮影不能になる(主に接点不良が原因)
・暗部ですぐに迷うAF
・AEがあまり信用できない(結局マニュアルしか使ってない)
・ISO感度、撮影可能枚数、撮影枚数のうち、2つしか液晶に表示できない
・スクリーンをEc-Sに替えないとピントのヤマがつかみにくいファインダー
・D2Hsと比較して長いレリーズタイムラグ
・縦位置写真の表示を「モニターでは横、PCでは縦」にできない
 (D2HsやEOS 30Dは可能)
・スピードライトを装着するアクセサリーシューが3か月経つと
 ガタガタになる
・ファインダーにゴミが入りやすい(D2Hsも同様の傾向あり)
・付属のストラップが肩から滑りやすい(NPSのストラップだと
 同じ服装でも滑りにくい)

結局、ホワイトバランスの安定性など、画質については文句はない。レンズのオリジナルの画角に近いAPS-HというセンサーサイズもAFエリアの分布も含めて使いやすい。
しかし、AEがNikonよりあてにならない事、暗い所でAFが使えない、接点不良のエラーが出やすいなど、画質以外の点ではD2Hsのほうが安心して使えるというのが感想。特にD2Hsも含むNikonのカメラではほとんど発生しない接点不良のエラーが頻発するのはどうかと思う。

レンズについても、EF70-200 IS/2.8とAF-S 70-200 VR/2.8Gを比較すると、Nikonのほうが操作しやすいし、画質も屋外で使っている分にはNikonのほうが良いと思う。昨今の何でもCanonが良くてNikonがダメと言う決めつけはいかがなものか。もし80-400がAF-S 80-400 VRII/4.5-5.6Gとかで出て、カメラ側のホワイトバランスの安定性が向上すれば、Nikonに戻した方が良いかもしれない。テレコンもNikonのほうが画質良いし。

画質以外のボディー側の信頼性が今後向上すると良いのだが、現状で売れている以上、改善を期待すると裏切られそうな予感がする。
NikonでもCanonでも良いが、D2HsのボディーにMark II Nの中身が入ったようなカメラが出てほしい。

1年後の感想はこちら

2006-04-06

雨の小菅は罰ゲーム並み

熊谷被告が保釈されそうだという事で、朝7時半に東京拘置所前へ行った。雨の中、すでに場所取りでテレビ各局が来ている割に、新聞・通信社はあまり来ていなかった。その後10時前にそれっぽい車が現れる。しかし1時間経っても出て来ないし、昼過ぎには一度出て行ってしまった。

車が拘置所に戻ってきて2時間ほど経った3時を過ぎると、熊谷被告を載せた車が出てきたが、ワイパーを動かしていないため、写真のとおりフロントガラスは水滴だらけ。顔が撮れるタイミングで撮ったのに、ぼやけてしまった。こういう姑息な手段を使うのは、被告が正当性を主張するにしても、後ろめたい事があるにしてもどうかと思う。世間を騒がせた人間としての説明責任を果たしていない。

結局8時間近く雨の中、カメラもカメラバッグも体も、すべてがズブ濡れの状態で出てくるのを待っていて、こういうセコい場面に出くわすとは。靴もズブ濡れで「ズブズブってこういう事なんだろうなぁ」と思ってしまった。雨もしんどかったが、風が冷たいのも追い打ちをかけた。いつ車が出てくるかわからないので、緊張しっぱなしだから精神的にもまいる。今後雨天時に張り込む場合は、こうした防寒対策も考慮しようと思う。

以外だったのはEOS-1D Mark II Nが2台とも雨で壊れなかった事。レンズ(24-70/f2.8と70-200/f2.8)やストロボ(580EX x2)も大丈夫だった。それでも次回からは防水対策は徹底しないと不安で仕方ない。特に今日は"小菅祭"の次に民主党代表選関係の取材が決まったから尚更だった。

その民主党関係の取材は菅直人と小沢一郎の会見。小沢の会見は一旦流れたが、菅の会見場所に着いたら急遽6時過ぎからやるという話が入ってきた。どちらの情報も知り合いから教えてもらった。ありがたい。再び菅の会見場所に戻って7時半から取材をして社に戻る。

なんとも長い一日であったが、車に乗った被告を撮る「スカシ撮り」は、今回成功した事で3戦3勝となった。心身ともにグッタリしたが、ベストは尽くせたので、良い一日でもあった。

2006-04-04

新東京タワー取材記

とうとう新タワーの「最終候補地」が決まった。この言葉はクセ者で、本当に建つかどうかはわからない。誘致側は「建設地」と断言してしまっているが...

31日の会見は放送事業者が開いた記者懇談会と、誘致側が開いた記者会見の2つで、共に出席できた。個人的には記者懇はNHK記者会に入っていないのでダメだろうと思っていたが、入れてもらえると聞いて一安心。いずれも色々な人の協力で取材できたようなもので、人付き合いの大切さを痛感した。

どちらの会場でも質問し、記事を書く上で必要な情報は得られた。記者懇では回答者がフジテレビの役員だったこともあり、会場が笑いに包まれた。記者会見では「最終候補地」と「建設地」の温度差を聞くと壇上から苦笑が。1年以上追ってきたネタなので、わからないことは会場で理解して書きたかったので、共に質問できたのは良かった。

4月に入り選にもれた候補地では誘致団体が解散したり、はたまた純粋な観光タワーの建設を目指したりさまざまだ。本当にすみだタワーが出来るかも含め、今後もこの話題を追っていきたいと思う。

2006-03-26

Windows Storage Server 2003

ある会社で4年前にセッティングしたDELLのNASをリプレースする事になった。扱うドキュメントの量が今後増える事や、データを検索しやすくする環境を構築するのが目的。4年前はDELLのNASというと松竹梅のように3種類程度クラス分けがされていたのだが、現在は1種類のみ。最近はラックマウントのNASは流行らないのだろうか。ハードウェアRAID 5、1TBのHDD、1GBメモリと、以前とは比較にならない仕様でもかなり安価になった。OSはWindows Storage Server 2003だった。

ただ、いざセッティングを始めると、このOSがくせ者だった。Windows XPからNASにアップしたデータをMac OS 8.6や9.0で見るとフォルダ名が「???」になったり、逆にMac OS 8.6からNASにアップしたデータをXPで見るとファルダ名が文字化けしたりと、以前のWindows 2000 ServerベースのNAS OSと違って、すぐ使えないOSだった。ほかにも、ローカルユーザーを追加しても、リモートデスクトップで細かい設定をしないと、MacからNASへデータを書き込めなかったりと、かなり手こずった。

上述のフォルダ名が化けてしまう件は、以下のやり方で対処した。
・Windows Storage Server 2003のリモートデスクトップを起動する
・コントロールパネルの「地域と言語のオプション」を開く
・「詳細設定」の「Unicode対応でないプログラムの言語」を日本語にする
 (デフォルトは英語)

文字化けということと、XP上で文字化けしたフォルダ名を調べたら
Unicodeっぽかったから、言語系の設定をいじれば何とかなるだろう、
という予想でやってみた。
手こずったが元・動作テスト屋としては、やりがいのあるものだった。

2006-03-18

小菅デビュー

ついに東京・小菅の東京拘置所前で保釈された人物を撮る機会がやってきた。今まで逮捕者が小菅に送られても、その後開かれる会見などの取材があり、カーテンで車の中がまず撮れない「入り」はパスしていた。今回は保釈なので車の中が撮れる可能性が高い。しかし、アッという間に車は出て行ってしまうのでチャンスは一度しかない。失敗覚悟で挑んでみた。

17日午後2時前に拘置所の面会口前に行くとエライ数の報道陣。とりあえず車の進行方向を確認してから場所を確保。一応目の前を通る車で試し撮りをするが、保釈された人間が乗っている車種と違うので参考程度にしかならない。

午後3時7分、中村被告を乗せた車が出てきた。横の窓がスモークガラスなのと助手席後部に乗っているので、遠くからは顔を見られずカンで撮る。目の前を通るときにもダメ元で撮るがやっぱりダメ。撮れていたのは正面からカンで撮ったもののみ。露出がアンダーだったのが残念。

午後3時24分、今日のメインイベントである宮内被告の車が出てきた。同じ車なので正面から狙わないと確実に撮れない。面会口の門を通過時に車を撮って、しばらくシャッターを切らずに我慢して恐らく顔が写るであろう場所でシャッターを切る。目の前を通った時点でもシャッターを切るが各社一斉に車を追い始めるので、後から追いかけて車を取り囲む報道陣の様子を撮影。その後車を傷つけないように接近戦を挑む。

結果はやはり正面から狙った一枚が確実に撮れていただけで、後の接近戦は写っていても正面ほど鮮明ではなかったのでボツにした。それよりノーファインダーで撮った車を取り囲む報道陣の様子を撮ったカットの方が意味があると思ったのでこれを使うことに。

結局、宮内(写真上)、中村両被告の正面から撮った顔写真、宮内号を取り囲む報道陣の3枚を送った。

初陣としてはうまくいったと思う宮内の写真でも、まだアンダー目だったので、次回はもう少し光量を増やすか感度を上げて撮ってみるつもりだ。本当はミニカムという大光量のストロボを使うのだが、普通のストロボでどこまでやれるか頑張ろうと思う。

2006-03-15

記事を書く事が多い週

今週は月曜から記事を書くことが多い。練馬のタワー計画やPSE問題、新東京タワーの進捗と、自分が追ってきたものと前職に関係のある問題が続いたからだが、どれも何となくサブカル系の中身だ。客引き問題とかもどちらかと言えばサブカル系か。

PSEについてはもっと色々調べたいが、体が複数ある訳でもないので、資料の調査は出来てもフィールド調査の時間をどう作れるかが課題。某企業の問題が一段落すればと思っていたが、かえって色々起こりそうな状況になってきたのではと感じる。

ただ、PSEは法律の問題なので多くの媒体が取り上げている。新東京タワーの様に「ドブ板取材」ができないなら、やる意味がない。読む人にとって有意義な情報を出す切り口を自分なりに探りながら考えようと思う。この3ヶ月は写真特集を手がけられなかったのも心残りだが、一連の騒動を取材する事が、自分がやらなければならない写真特集だったと言えるかもしれない。

2006-03-12

職業病?

最近職業病かと思われる症状が数点。もう少し余裕を持って暮らさないと、と思いつつも不安定な環境に生き続けると人間こうなるかなと思う今日この頃。

・「初NIKKI」を「初NIKKEI」と読み違える
後輩の日記を見たときに「NIKKI」を「NIKKEI」と読み違えた。やはり日頃「NIKKEI」を見ている影響か。

・夢の中で「Jリーグ破綻」を取材していた
破綻とか粉飾といった経済ニュースを取材する事が多かったり、我が身に降り掛かっているからか、かなりリアルな夢であった。しかしサッカーやらないのに、なぜJリーグ破綻?TOTOが儲かってないのに国が悪あがきしてるからか?TOTOは石原都知事も言っていたが、金額を抑え過ぎ。キャリーオーバーで今までにないような大金が当たらないともうダメでしょ。

・夢の中で某国での虐殺現場にいた
取材なのか人質なのか、なぜその場に居たのかはわからない。かなり気持ち悪い話だが、夢の中では冷静に受け止められていた。なんだろう、自分の命もあとわずかなのだろうか。

2006-03-06

商店街はどうなっていくのか

最近商店街の加入促進をテーマとした「全国商店街加入促進サミットin世田谷」を僚友と取材した。商店街内に大手企業が出店しても加入しないなど、色々問題が生じているという。

今回のサミットを知ったのは昨年行われた東京都の「商店街グランプリ」を取材した時だった。このグランプリ自体も元々地域問題を研究してきた私に取って興味深いもので、確か都のホームページで発見して取材する事にしたのだと思う。こうして取材が次の取材を生むスタイルをこれからも大切にしていきたい。

最近の商店街事情について近所のお弁当屋さんで聞いた話だと、自分のお店のことで精一杯という所が多いそうだ。大きな企業も追いたいが、初心に戻ってもう少し地域の問題なども取材したい。

写真はサミットで挨拶する全国商店街振興組合連合会の桑島俊彦理事長。企業の会見と同じく、ロゴを人物に絡ませてみた。看板が天井から吊ってあり、かなり無理矢理だったけど。

2006-03-03

Bloggerへの移行計画

エキサイト以外に 使いやすいブログを求めてBloggerでの投稿テスト。
しばらくテストして問題なければ本格移行したい。

カテゴリー:このブログについて

2006-02-27

冷凍エビと生きたエビの違い

土曜の昼に天ぷらをごちそうになった。今日のエビがおいしいとご主人に言ったところ、夜のメニューで出しているエビを出してくれたそうだ。ご主人曰く「昼も夜も来てくれるお客さんに『昼と夜で何か違うの?』って言われちゃったことがありますよ」とのこと。料理を出す側としては、なんとも頑張りようのない言葉である。

「天ぷらは素材の味で決まっちゃいますからね。何が違うのって言われちゃったら、毎朝早く仕入れに行ってるのって何なんだろうって思っちゃいましたよ」。昼と夜では値段が違うのだから食材も違って当然で、このお店ではお昼は冷凍エビ、夜は生きたエビを使っているそうだ。お金をお昼以上に出してもらうからには、よりおいしいものを出したいとの思いで早朝から市場へ行っているのに、違いがわかってもらえなかったのは結構ショックだったのだろう。ここのご主人は料理のこだわりだけではなく、厨房やお店をいつも自分できれいにしていて、料理人の鏡みたいな人だけど、こんなこと言われていたんだなと、話を聞いていた自分もショックだった。

ご主人の仕事ぶりを見ていて、手を抜かずにやることの大切さを改めて感じた。例え一部のお客さんにはわかってもらえないにしても。自分自身が一生懸命やるか、全くやらないの両極端な所があるので、これからどんな仕事をしていくかはわからないけど、常に手を抜かない姿勢でいたいと思う。

2006-02-20

確定申告に挑戦 -医療費編-

昨年は取材先で意識を失い、2月末から3日ほど入院したので、医療費控除が受けられるか計算してみた(ちなみに仕事中の入院なのに欠勤扱いという社員に「やさしい」会社だ)。

国税庁のウェブ(医療費控除関連)によると、私の場合は以下の式で算出することになる。

(実際に支払った医療費の合計額-健保組合の付加給付額)-10万円=医療費控除の対象額

私が払った医療費は10万円弱で、健保からの給付金もあったから、医療費控除の対象にはならないことがわかった。あとは「実際に支払った医療費」というのが、「本人負担額」であることが確認できれば申告しないで済む。まぁ3日くらい入院して歯医者に行った程度ではこのシステムは関係ないということがわかっただけでもよかった。今後は今回作成したExcelのシートを流用して確認しようと思う。

さて、機材代の方であるが、どうも「給与所得控除」の額より70万ちょっと多くかかっている。なので即申告といきたいが、「特定支出控除の特例」に該当するかが問題。国税庁のウェブを見る限りでは、会社が金を出さない機材や深夜取材のタクシー代(総選挙の時のもの)は難しそうだ。これについては、捜査の進捗を見つつ税務署に聞きに行ってみようと思う。

機材についてはある人物とその上司と私の間で色々あるのだが、それは機会があればどこかで書きたい(できれば実名で)。ちなみに2人とも記事を書いたり編集する人物ではないことは明言しておこう。

2006-02-17

Ec-S体験記

なんだかオタ的なタイトルが嫌だが、この「Ec-S」というEOS-1D Mark II N用のフォーカシングスクリーン(焦点板)を使い始めてはや1カ月。ネットを見ていても使いやすい/にくいと賛否両論のようなので、使用感を書いてみたい。

結論から言うとF2.8常用であれば、Ec-Sのほうが付属の焦点板よりピントを合わせやすいのは間違いない。だからオートフォーカスでピントがイマイチきてないときはマニュアルで調節しやすいし、マニュアルのみでも撮りやすい。Ec-Sに交換する前はとてもマニュアルでピントを合わせようとは思わなかった。

また、会見や講演などでEF100-400mm F4.5-5.6を多用するが、F5.6でもさほどファインダーが暗いという感じはしない(確かに付属品よりは暗いけど)。いわゆる真っ暗で見にくいわけではないので、ニコンのF3などのMFカメラを使っていた人なら違和感はないと思う。

ネットでもEc-Sが付属品でもいいのでは?というコメントを見かけたが、私もそう思う。D2HsからEOS-1D Mark II Nにメインを替えたときファインダーの見にくさは痛感していたが、Ec-Sにしたことでこの不満も解消された。やはりピントのヤマがつかみやすい方が撮りやすい。

2006-02-09

Thunderbird 1.5の迷惑メール機能って

迷惑メールに「迷惑マーク」を付けると、メールが開封済みになってしまう...
1.0.xは既読にならずによかったに、なんでこんな仕様なのだろう。1月の中頃から使っているけど、早いところフィックス版が出て欲しい。

あと、迷惑メール機能ではないけど、どうやらThunderbird 1.5→Eudoraに添付ファイルを送ると不具合があるようだ。不具合といってもファイルが壊れるとかではなく、Eudora側でメール上からファイルをクリックしても開かないといった感じ。対応策を調べるのが面倒なので、添付ファイルを送るときはEudoraから送っている。

メーラーで互換性が問題になるのはHTMLメールの表示と添付ファイルの扱いが多いと思うので、Thunderbirdもこの辺が賢くなってくれればなぁと思う今日この頃。
あと、日本語入力ONの状態でもスペースキーでスクロールできるようにしてほしい。

2006-02-04

写真は事実を半分しか伝えられない

これはピュリッツアー賞を受賞した米国の報道写真家、エディ・アダムス氏(2004年に71歳で逝去)が以前、NHKの番組で語った言葉の一節だ。南ベトナムの国家警察長官が北ベトナムのゲリラ将校の頭を銃で撃ち抜き、処刑した瞬間を彼が撮ったときを例に挙げていた。

テレビを見た時の記憶を基に彼の話を書き起こすと、以下のような内容だった。
「写真というものは事実を半分しか伝えられない。グエン・ロアン(南ベトナムの警察長官)は、休日には娘にフランス語を教える良き父親であり、(処刑写真の)前日には(グエンが処刑している)ベトコンに部下を皆殺しにされていた。しかし、彼はベトコンを銃で処刑した写真により、悪者扱いされた。この写真を撮ったときは戦争であり、平時ではなかったのに」

つまり、写真を見ただけでは、「グエン=ベトコンを殺した悪者、ベトコン=処刑されたかわいそうな人」という図式ができてしまう。多くの人には、なぜグエンがベトコンを処刑しなければならなかったかが、正しく伝わらないのだ。

右の写真は、僕が撮った某社社長逮捕後の社内の模様である。この写真は無断で(一部事前連絡あり)テレビ各局が使用しているが、大体の番組では写真を大写しにして、下を向いた社員のところで次の画面に切り替える使い方をしている。

しかし、彼らは本当に落胆して下を向いていたのだろうか?このカットを撮った時は話が始まってだいぶ時間が経った頃で、暗い話ではなくても普通の人なら下を向いていてもおかしくない時だ。「下を向いているのは事実だが、落胆しているかは個人による」ということだ。もしかしたら「あー、早く話が終わんねーかなー」位の気持ちかもしれない。

この写真は社員が下を向いているという事実は伝えているが、なぜ下を向いているかまでは伝えきれていないと思うし、むしろ見た人に「落胆している」ことを想起させる写真になってしまったのかなとも考える今日この頃だ。写真は事実をすべて伝える事はできないし、それでも良いと思うが、撮る側と見る側にはこうした認識が必要だとつくづく感じる。認識がないから簡単に誤解が生じるのだろう。

写真は事実を半分しか伝えられない。この言葉を戒めとして今後も報道写真を撮っていこう。

2006-01-26

新体制の取材

24日、全日空ホテルで夜8時から行われた会見の取材に行ってきた。会場には会見開始の1時間前に着いたが、すでに同業他社の知人を含む50人近い写真記者、テレビクルーが来ていた。

同業他社が撮りにくいと困るので会場の下見をしたが、某社のように撮影位置の規制が無いことに一安心。しかし、演壇に5人分のイスがあるのに、席次表とか全員分の経歴書が無かった(社長と代取はあったが)。また、海外メディアの注目も高いのに、英語の資料がなかった。写真としては、比較的撮影ポジションが限定されず、自由に取材できる点では好印象なのに、こういう点は一写真記者として見ていると、もったいないと感じた。結局、会社の人と手分けをして各社に席次などを説明して、その場は乗り切った。

各社への説明と同時に、私の今後を心配してくれる知人へのあいさつに追われているうちに会見は始まった。取材そのものは特に問題なく終わったが、同僚記者KさんとT君によるとフジテレビが承諾もなしに二人の顔を撮っていたという。報じることと、のぞき見は違うんじゃないか。特に、フジの場合「とくダネ!」で23日に行われた社内説明会を、私たちが「24日に」報じたとの趣旨のナレーションが流れた。私が撮った写真を承諾なしに使いながら... 私たちは「23日に」報じているのだが。

結局ネタになれば事実関係など大した問題ではない、という考えの人もいるのかもしれない。私たちは今まで同様、会社とは距離をおき、事実を正しく伝えていきたいと思う。その点では、会社が経費を認めないために、総計300万円以上のカメラやパソコン、写真電送用FOMAなど機材代や通信費を全額自分で払っている現状は、かえって良かったのかもしれない。年収の半分以上が機材代に消えたので生活は苦しいが。

2006-01-22

問題企業に捜査の手

16日、「黒い飛行機」を飛ばすスターフライヤーの機体内覧会で羽田空港にいた。取材中の午後4時過ぎに写真週刊誌FのHさんや外国通信社のKさんから電話が。どうやら私が所属する問題企業にガサが入るらしい。

会社に戻る頃にはガサ入れは始まっており、特捜部のヒルズ入りは撮れなかった。あー、残念。いろいろな人に会うたびに所属社の問題を語ってきた私だが、ついにこの日がくるとは。とりあえず同僚T君と2名でヒルズに残ることにする。

ヒルズ入口には知り合いが多数取材に来ており、みな「会社よりも●●さん(私の名)大丈夫なの?」と心配してくれた。一年かけて各社に築いてきた人のつながりの暖かさを感じた。

結局その夜、23時半くらいまで粘ったが、どうなるか予想できなかったので帰宅した。しかしこれは大きなミスだった。早朝に行われた会見の様子を撮れなかった。残念きわまりない。ニッポン放送株の時は、別の取材が入っていた関係で第一声を撮れなかった。なんか肝心なときに撮れてない。先週は帰宅する判断を下した自分を責めたが、まぁ、終わってしまったことなので、これから起こることはガンガン撮って世に伝えていきたい。

2006-01-11

確定申告に挑戦?

自民党の仕事始めを取材後、政財界大御所カメラマンH氏(写真週刊誌F)とS氏の3名で自民党の食堂で昼食。H氏がおごってくれた。そのときにまた私の待遇についての話になった。大先輩お二人の話を総合すると「入社後に買った機材代をすべて確定申告せよ」ということだった。

今の会社では転職しない限り、給料が投資した機材代を回収できるだけの大幅増になることはあり得ない。今の年収とそのことをまた話したのだが、ひとまず税金だけでも取り戻したらというアドバイスであった。いままで転職はしても、ずっと正社員で働いてきたので確定申告なるものをやったことがないが、申告が認められれば財政再建中の我が家には多少なりとも足しになるので挑戦してみようと思う。

家に帰って領収書を集めだすものの、コンパクトフラッシュや充電池など、結構な値段がするわりに、取っておきたいと思わせるほどの"希少性"がないために捨ててしまった領収書もあり、全額申告するのは無理そうだ。まぁ、勉強にもなるので諦めずにやってみよう!

しかし、また会社を糾弾する記事になってしまった。もう少し楽しい話題も書かないと...

2006-01-06

そして2006年が始まった

5日から仕事がはじまりました。最初の日で自分で決めた取材以外は予定なしだったので、あまり機材を色々持って行くのはやめようと思って行ったところ、経済3団体の新年会の取材もすることになってしまいました。

現場に着けばかなり遠いところに舞台が。手持ちの機材ではかなり無理がありました。
今日消防出初め式でも思ったような写真が撮れず、基本が疎かになってきてるかな?と感じる仕事始めでした。

来週からは初心に帰って写真を撮りたいと思います。

写真は70-200mmで撮ったものを無理矢理使えるようにしたものです。あーあ。

2005-12-31

今年も色々あった

今年は丸一年記者として生活したので、今までの人生と比べ、多くの貴重な経験が出来た年だったと思います。写真や記事の連載もやったし、選挙で開票日に自民・民社・社民の3党を撮りに行ったり、靖国"凱旋"参拝など、思い返してみても普通では経験できないことばかりでした。

現状では年収の半分以上が機材などの設備投資に消えており、収支を見ると大きくマイナスですが、この一年に経験できたことは、恐らく全国紙に入っていたら経験できなかったと思います。人がいない会社だから、一年目でも取材できたのでしょう。

自分の専門分野である都市問題についても、新東京タワー問題を追っていくことで、定常的に関われています。2006年は首都圏以外に地方都市も追えればと考えていますが、僕のお金があればという感じです。

2006年は新しいテーマを加える以外にも、"卒業年次"として就活をしなければなりません。焦っても仕方ないですが、今の会社は限界があるので、可能な限り早く"就職"できるようにがんばりたいです。そのためには英語でキャプションが書けるようにならないとなぁ...

2005-12-18

パクチー狂会忘年会

日本パクチー狂会の第3回オフ会として、忘年会が土曜日に開かれました。
前の2回が都合がつかずに行けなかったので、今回こそは!と意気込んで参加。料理もおいしく、楽しいひとときでした。

やはり週末は出歩いてなんぼ。今回も多くの人たちと知り合えて良かったです。僕は気を抜くとすぐにぐうたらな週末を過ごしてしまうので、これを機に掃除洗濯をさっさとこなして、今以上に出歩く週末を過ごすようにしたいと思います。

今回の忘年会がきっかけでSNSをはじめてみました。まだなんだかよくわからんのですが、ブログとはまた違ったおもしろさはあるなぁというのが第一印象です。

2005-12-04

記者になって一年

早いもので12/1で記者生活が始まって一年になりました。本当は12/1にこの記事を投稿しようと思ってましたが、流行語大賞の取材後、同期3人で激しい二日酔いになるまで飲んでしまったため、こんな時期になってしまいました。

待遇面では机とイス以外は何もないという状況は一年前から全く改善されず、会社としてはいかがなものか?という相変わらずな状態です。ただ、「渦中の企業」に身を置いていると、新聞やテレビで報道される内容と事実が異なっていること(僕らの部署のこととか)も案外あり、問題企業を「内側から見られる」という貴重な経験や、報道と事実の食い違いを目の当たりにしてきたことが今後の仕事に役立つかなと思います。

タイトルで「記者になって一年」と書きましたが、1997年4月に写真を撮り始めたことが今の仕事の土台であり、本当のスタート地点かなと思います。職業としては一年前から記者ですが、その前の経験がなければ報道写真を撮るための予備知識も無かったし、写真で物事を伝えたいという気持ちにもならなかったでしょう。同じようなことは友人"Kyo paxi"も「友人にインターネットの存在を教えてもらい、何を書くべきかを考えた時から、それは始まっていた」と言っていて、やっぱりなぁと思います。

一年という節目を迎えて、今まで以上に日々精進、日々学習を心がけてがんばっていきたいと思います。

写真は流行語大賞です。入社1年の記念すべき日の取材がこれとは...

2005-10-31

D2Hs→EOS-1D Mark II Nの感想 その2

10/12から使い始めたEOS-1D Mark II N(以下Mark II N)ですが、小泉首相の靖国参拝や東京モーターショー、TBS v.s. 楽天問題、中越地震の被災地など、様々な取材で活躍しております。特に100-400mmは「折りたたみ超望遠レンズ」として重宝してます。今回は前回気づいた点以外にふれてみようと思います。

1. 続・ファインダー表示
D2HsというよりニコンのカメラをF5以来使ってきた僕が、不便だなぁと思うのはファインダー表示です。前回ホワイトバランスがどのモードになっているかがファインダーで確認できないと書きましたが、それ以外にもありました。

あまり雑誌などでは指摘されていないようですが、マニュアルと絞り優先を撮影中に切り替える場合など、露出モードをニコン(D2Hsに限らずD1なども)ではファインダーから目を離さずに切り替えられるのが、Mark II Nでは、上部液晶でないと切り替えが確認できません。会見会場などで撮影が始まり、最初はマニュアルで撮っていて、一時的に絞り優先にしたいときなど、ちょっと不便です。

どうもEOSでは、何かを設定する場合は液晶を見て操作するのが前提のようで、ニコンのようにファインダーをのぞきながら変えるということは、あまり考えていないようです。"MODE"ボタンを押すとファインダー内が真っ暗になるのが悲しい...

2. 暗部でのAF性能
ニコンではD2Hsに限らず、F5からEV -1の暗さでも(明るいところはEV +19まで)測距できていますが、Mark II NではEV 0からになります(同EV +18まで)。ちなみにEOS 20DやEOS 5DはEV -0.5から測距できます。つまり全体的にキヤノンのAFは暗いところが苦手なようです。

Mark II Nだと、目で見て暗いなぁと感じる場所だと測距に迷う動きをします。先日日産自動車の中間決算の取材へ行ったのですが、この時も暗部のAF性能の違いは感じました。D2HsやD1Hではそれほど迷わない程度のやや暗めの照明だったのですが、Mark II Nでは少し迷ってました。ゴーン社長が出てきて照明が明るくなってからは問題なかったですが、それまでは「あぁ、やっぱり薄暗い所は苦手なんだなぁ」という感じでした。

写真はその日産の中間決算でのものです。日本人記者からの質問を、通訳のレシーバーで聞くゴーン社長です。

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2005-10-26

ショッピングバッグ販売機

1960~70年代あたりに作られたと思われる「ショッピングバッグの自動販売機」が長岡駅前のデパート?「丸専」にありました。

僕自身、幼少期に池袋の西武などで見かけた記憶があるのですが、最近はお目にかかっていなかったものなので、軽いショックと何ともいえない懐かしさがこみ上げてきました。

僕は地方都市に行くと、その土地のスーパーやデパートをなるべく見るようにしています。長岡のイトーヨーカドーに行って印象に残ったのは、エスカレーターの追い越し列が左側だったことです。東京では左側に人が立って、右側は先へ行く人が通るためにあけておくという暗黙のルールがあるのですが、長岡では(少なくともイトーヨーカドーでは)反対でした。

被災地取材という、どうしても重い内容の取材でしたが、この自販機にはいやされたような気がします。

2005-10-25

中越地震から一年

中越地震から一年ということで、会社の友人T君と2人で金曜から日曜まで取材に行ってきました。もちろん今回も自腹取材で、自動車は日産自動車さんのご厚意で広報車(自動車評論家が乗ってうんちくたれるクルマ)をお借りしました。宿代を払う余裕はないので車中泊でした。

旧山古志村を中心に長岡市の数カ所を取材しましたが、工事中の道路などを見ると、復興まではまだまだ時間がかかりそうでした。これは長岡駅前のような都心部でも山古志村でも同様で、豪雪地帯ゆえの工事の困難さが表れていると思います。このあたりの詳細は僕らの記事(「中越震災から1年、あす鎮魂の夜に」など3本)を読んでいただければと思います。

写真は日曜日に長岡駅前で行われていた「米百俵祭り」を見に行ったときに撮った道路の亀裂とそれを示すマーキングです。山古志村では未舗装のところでもこのマーキングが亀裂に沿って行われていました。

2005-10-17

D2Hs→EOS-1D Mark II Nの感想

D2HsからEOS-1D Mark II Nにメインを変更して、しばらく使った感想はこんな感じです。

---良かった点---
1. 高感度ノイズが少ない:
D2Hsもそんなにノイズが目立つわけではなかったのですが、EOS-1D Mark II Nはさらに目立たないという印象で、ISO1600も躊躇なく使えます。
また、800万画素なので掲載時の長辺600ピクセルまで縮小してしまうとノイズそのものが見えにくくなるのもメリットです。

2. 意外と使いやすかった:
購入前に量販店で、さんざんEOS-1D系をさわりまくったせいか、複雑といわれるEOS-1D系の操作に戸惑うことは予想より少なかったです。
測距点の選択は11点測距にして横方向のみを使い、アシストボタンだけ押すと中央に戻るようにしたり、FELボタンとメイン/サブダイヤルで測距点選択できるようにするなど、カスタマイズするとD2Hsには劣りますが、まずまずの使いやすさになります。
ただ、全体的に操作性はD2Hsのほうが良いです。F5以来の測距点選択ボタンはメニューの選択にも使えて便利です。EOS-1D系でのメニュー選択は、MENUボタンとサブダイヤルでメニュー選択後はSELECTボタンを押しながら項目を選ぶのですが、ここで再度MENUボタンを押して液晶を消してしまうことがよくあります。

3. 再生時の操作性の向上と液晶の2.5型化:
今回EOSに変更した理由の一つが、従来から指摘されてきたEOS-1D系の再生時にメニューの変更が出来ないなどの問題点の改良と、液晶の2.5型化でした。
液晶の大きさがD2Hsと同じで、画像を再生しているときもストレスなく使えるのであれば、EOSにしても問題ないなと踏んだわけで、実際この辺での不満はあまりないです。

---悪かった点---
1. ISO感度、撮影可能枚数、撮影枚数のうち、2つしか液晶に表示できない:
背面液晶が大型化した割にダメだなと思ったのが、この点です。D2Hsでは上面(撮影可能枚数、撮影枚数)と背面(ISO感度)を使ってすべて表示されていたので、D1Hに逆戻りした感じです。そのD1Hでさえ、背面液晶にISO感度が表示できたので、液晶を大きくしたのだからやってもいいと思います。現時点では上面液晶にISO感度、背面に撮影枚数を表示しています。

2. ファインダーにホワイトバランスが表示されない:
D2Hsのかゆいところに手が届く、良くできたファインダーに慣れてしまうと結構不便です。ホワイトバランス以外にも、EOS-1D Mark II Nでは上面液晶に常時ISO感度を表示する設定にしないと、ファインダーにISO感度は表示されないし、この場合撮影可能枚数がファインダーで確認できません。もともと撮影枚数が表示できないのもいかがなものかと思いますけど...
D2Hsではファインダーで重要なことがすべて確認できたのが、液晶を見ないと確認できないのは不便です。ついでに言うと、スピードライト充電完了の表示が赤ではないのも視認性から言うと悪いです。

3. 充電器がデカい:
D1Hの充電器よりもデカいです。電池を2つつなげられるので、一度に2つとも充電できると思ったら、1つが終わったらもう1つの充電を始めるというタイプでした。
あとはリチウムイオンじゃないというのも不満ではあります。

---まとめ---
画質についてはAP、ロイター、AFPなど外国通信社の大半がCanonにしていることからもわかるように、文句はありません。
ただ、操作性、ファインダーや液晶の表示内容、充電池の管理やコンパクトな充電器など、画質以外のほとんどの部分はD2Hsのほうが優れています。EOS-1D Mark II Nに慣れてしまえば大した問題ではありませんが、画質と同様に一度良いものを知ってしまうと、なんで今出すカメラなのに改善されないのか?と言いたくなるものです。

NikonはFマウントをかたくなに守るのに対し、CanonはD2000あたりからの操作性をかたくなに守っています。ともに見直す時期ではという声が新製品が出るたびに上がっているわけですが、どちらが先に変更するのでしょうか。

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2005-10-16

EOS-1D Mark II Nほかを導入

EOS-1D Mark II NをはじめとするCanonのシステムを10/12から使用開始しました。内訳はボディー2台、レンズ5本、スピードライト2台です。

---本体---
EOS-1D Mark II N x2
---レンズ---
16-35mm/F2.8
24-70mm/F2.8
70-200mm IS/F2.8
100-400mm IS/F4.5-5.6
Extender EF1.4XII
---スピードライト---
580EX x2
SB-E1 x1

今回もいつも通り自前でそろえました。会社があてにならないのと、今後のことを考えてCanonをメインで使うことにしました。ただ、Nikonも300mm/F2.8などを使うことがあるので、状況により併用、という感じです。

もちろん、これだけのものをすべて揃えられる貯金があるわけもなく、資金を調達した上でのことです。本当は乾燥機付きの洗濯機がほしい...

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2005-10-09

KNOPPIXのQTPartedでパーティション設定

とある会社で導入するThinkPadのハードディスクを2パーティション構成にするため、1年半ぶりにKNOPPIXを使ってパーティション設定を行いました。やり方をすっかり忘れていてちょっと手こずりました。

ThinkPadを購入された方はお分かりだと思いますが、Cドライブのみの1パーティション構成なので、Dドライブを設定する場合、市販のソフトなどを使ってパーティション設定を行わなければなりません。昨年T42を購入した際は、KNOPPIX 3.4を用いて行いましたが、今回は4.0.2のCD-ROM版をダウンロードして作業しました。

KNOPPIX 4.0.2のISOイメージからCD-ROMを作成し、ThinkPadをCDから起動するとKNOPPIXが起動します。そこで"QTParted"を使用してパーティションの設定を行うのですが、注意点がいくつかありますので、まとめてみます。
なお、"QTParted"についてはGoogleなどで検索してみてください。すでに多くの方が図入りで解説されています。

1. 2つ以上設定したパーティションはフォーマットを行っておく
ThinkPadの"Access IBM"を押すと、ハードディスクの不可視領域にあるOSが起動して、OSなどのリカバリーが行えます。複数のパーティションがある場合は「Cドライブのみリカバリー」が行えます。
このとき、あらかじめQTPartedで2つ以上のパーティションを設定し、フォーマットまで行っていないと、「Cドライブのみリカバリー」が行えず、1パーティションの出荷時の状態に戻ってしまいます。必ずQTPartedでパーティションの設定後にフォーマットまで行ってください。また、リカバリ−CDを使った場合も「Cドライブのみリカバリー」が行えませんのでご注意ください。

2. Dドライブ分はFAT32でフォーマットしておく
どうやらThinkPadのリカバリーOSではNTFSにデータを書き込めないようで、「Cドライブのみリカバリー」の開始直後に「展開できませんでした」というエラーで先に進めなくなるようです。なので、Cドライブ以外はQTPartedでFAT32フォーマットを行っておく方が安全だと思われます。Cドライブは作業開始後フォーマットされるので、NTFSフォーマットでも問題ありません。

2005-10-08

なぜ機材に投資するのか

僕は今の会社に入ってから、デジカメやレンズ、電送用のPCなど、多くの機材に受け取った給料以上の額を投じてきました。そして現在も通信費(FOMA代)など、出費は機材以外にもかさむ一方です。

確かにカメラやPCが嫌いなわけではありませんが、できることなら、旅行や食事など他のことにお金は使いたいです。もっと言えば、この会社は退職金が無いので、仮に65歳まで働くとした場合、現在の給与水準では年間80~90万円退職金としてプールしておかないと、一生働かざるを得ない状況になります。なので、機材への投資などしたくないです。

では、デジカメに投資する理由は何か。高い機材なら良い写真が撮れるというわけでもないです。写るんですでも良い写真を撮る人は撮ります。カメラに金をかけるのは「自分が撮りたいタイミングで確実に撮れる」、「毎週最低1000カット撮る状況でもシャッターが壊れない」といった確実性が第一の理由です。コンパクトカメラなどでよくありますが、シャッターボタンを押してもなかなかシャッターが切れないとか、雨に濡れたら壊れたとかでは困ります。取材現場で頼れるのは自分の機材だけです。その機材が壊れたのでは仕事にならないです。

レンズについては、明るいレンズほど背景をぼかせるほか、ファインダーでのピントの確認がしやすいのと、オートフォーカスのセンサーも明るいレンズの方が合焦精度が向上します。また、絞りの値が普通はF4やF5.6なのが、F2.8と1~2段分明るいので、暗いところでスピードライトを使えない所(美術館など)でも撮影できます。どうしても高価になりますが、悪条件でも撮れるレンズが必要なので、明るいレンズを導入することになります。

また、新規参入の報道機関となると、そもそも信用が無いわけで、それがサイトの写真を見たら、いかにも金をかけてないという安物感が伝わったら、見る人も減ると思います。国内外の通信社の写真も載る以上、極端に見劣りして「最初から信用失墜」という事態は絶対避けなければと思いました。もちろん、自分の写真が良いとか悪いとかを言いたいのではないです。ただ、記事よりも写真はそういう印象を一目見た時点で受けやすいので、注意が必要だと思いました。

僕が残念に思うことは、一般的に「高い機材=良い写真が撮れる」とか、「機材に金をかける=マニア」みたいな短絡的な発想をする人が多いことです。他の人はどうか知りませんが、少なくとも僕は理由のない機材購入はしていません。不要な物は1円でも買いませんが、本当に必要な物であれば、値段は買える範囲であれば考えません。必要だから買うというのが答えです。でもこういう考え方は理解を得にくいというか、単なる物好きにしか見られないようです。"残念です、本当に残念です"。

2005-10-07

AF-S VR 70-200mm/F2.8導入

望遠レンズでは防振機能(VR)付きが一般的になってきたので、9/29に思い切って購入しました。初陣はテスト撮影をする間もなく取材に出かけた、道路公団の民営化委員会です。普段であれば銀座などで一通り試し撮りをするのですが、この日は普段使っているAF-S 80-200を家に置いてきたので、買ってすぐ使うことになりました。

写真は猪瀬委員からの質問を受け、道路公団の近藤総裁(右)と相談する奥田理事です。「賭けゴルフ」事件とか、色々追求されてました。

最初のうちは防振レンズという物の特性がわからないせいか、防振なのに手ブレしているカットが結構あり、いつものAF-S 80-200のほうが良いくらいでした。

しかし、VRの働き方がわかってくると、おもしろいように手ブレが防げます。家に帰ってから2.0倍のテレコンをつけて400mmにしてカレンダーを撮ってみました。1/2.5秒のシャッターを切りましたが、ブレてはいるものの、数字が読めます。VRを切ると数字は読めません。それだけ本来手ぶれしているのだなと実感...判別不能な数字がとりあえず読める程度になるというのは驚きでした。

従来のレンズでも良いのですが、やはり良像率が向上することと、被写体ブレが起きない程度に絞り込めるというのは大きなメリットです。それに、このレンズを修理に出したとしても、AF-S 80-200が手元にあるので、何かあっても代替え品が借りられなかったらどうしようとか、心配せずにすみます。特にこの70~200mmという焦点域は、会見などで必ず使うので致命傷になります。

会社が機材を揃えてくれれば、万一のことまで考えずに済みますし、そもそも機材を買う必要がないのですが、「会社員なのに自営業」な現状では、機材が壊れたときのことまで考えておかないとマズいのが実情です。

2005-09-30

ADSL復旧

2001年夏から使ってきたNTTの1.5Mのモデムが、23日の晩に壊れました。
そろそろ8Mにしても良いだろうと思っていたので、契約を変更しました。
まぁ、高画質のストリーミングとか見る訳でもないので、8Mで十分です。次に替えるとすれば光ファイバーがもっと安くなったときに導入という感じでしょうか。

しかし、自宅で常時接続のネットが使えないというのは案外不便でした。
24日は台風が接近しており、当日の晩と翌朝の台風記事を担当する事になったのです。結局昼過ぎに会社へ行って情報収集をし、記事を書く時は最低限の時間をダイヤルアップで接続して気象庁のサイトをチェックしたり、記事を出稿したりしました。

4年間トラブルなく使えていただけに、常時接続のありがたみを改めて感じた一週間でした。

2005-09-22

後藤田正晴氏 逝去

官房長官時代にビートたけしの「フライデー編集部襲撃事件」が起きた後、「ビート君の気持ちもわかるよ」とコメントした後藤田氏。政治家っぽくない言動をされる一方、相手が総理であれ誰であれ、言うべき意見はキチンと言うという、なかなか出来ないことを実践されてこられた方だと思います。

後藤田氏の死去は、近年若手政治家からちょっと偏りがちな意見が多く出てくるような状況に対して、戦争体験をふまえた発言をされる政治家が少なくなってきていることを象徴しているように感じます。戦争経験者の意を継ぐ政治家が増えないと危険なのではないかなとも思います。

写真は4月20日に自民党本部で行われた「歴代総裁・官房長官リレー講演会」で講演する後藤田氏です。恐らく党本部で講演されたのはこの時が最後だったのではと思います。生でお話を聞けたのは貴重な経験でした。後藤田氏のご冥福をお祈りします。

2005-09-21

選挙がらみも一段落

まさかこのブログを開設した一年前には、選挙の、しかも各党の本部で写真が撮れるとは思ってもいなかったです。

9/11は自民党→社民党→民主党という、同業他社からは無謀と言われたコースで、各党を「自費で借り切ったタクシー(僕の所属社はこの手のお金は出さないので、議論しても無駄なので払いました)」で、まわってきました。本当は公明と共産もまわるはずだったのですが、ご存じの通り自民圧勝で、日付が変わってから永田町から離れた2党に行っても、使える写真が撮れる見込みがなかったからです。

写真は自民党本部の開票本部で、狭いところにエラい数の写真記者がおります。ここに夕方から日付が変わるぐらいまで、手前の大きいテレビの近くにいました。長時間あぐらや体育座りを続けていたので、足が2度ほど(最初は左で2回目は右)つりました... その状態のまま写真を撮る→電送という作業を繰り返しておりました。その点、民主党はホテルが開票本部だったので、撮るのは楽でした。

結局9/5から民主党大会のあった17日まで13日間連続で働きました。その前は「ぺ様」の撮影など、珍しく芸能ネタばかりでした(Googleで「ヨン様、愛の新しい考え方を」を検索すると写真がでてきます)。
でも、好きでやっていることなので、体力的には結構きてましたが、ヤダナァとかの感じはなかったです。

これで経済状態がまともなら、言うことないのですが、某全国紙の社会人募集で写真記者は昨年に続いて募集ナシだったので、もうしばらく極貧生活がつづくもようです。現在の"荒行"から"修行"に変わる日が早く訪れることを願って暮らしていきます。